
北陸の企業がダイバーシティを「きれいごと」で終わらせず、事業の競争力に変える方法
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北陸の企業がダイバーシティを「きれいごと」で終わらせず、事業の競争力に変える方法
「ダイバーシティが大事だというのはわかる。でも、うちのような地方の中小企業で何をすればいいのか、正直見えない」——石川県のある製造業の経営者が、こう話していたことがあります。
ダイバーシティ(多様性)の推進は、上場企業のESG経営や大手企業のCSR活動として語られることが多いです。しかし、北陸の中小企業にとっては、「自社には関係が薄い」「都会の大企業の話だ」と感じている方もいるかもしれません。
しかし、私は500社以上の企業の人事に関わってきた中で、ダイバーシティは「きれいごと」ではなく「事業の生存戦略」だと確信するようになりました。特に、人口減少と人手不足が深刻な北陸の企業にとって、「多様な人材を受け入れ、活かせる組織」であるかどうかは、5年後の事業の存続に直結する問題です。
なぜ北陸の企業にダイバーシティが必要なのか
ダイバーシティの話をすると、「女性活躍」「外国人採用」「障がい者雇用」——こういった個別テーマが頭に浮かぶ方が多いと思います。それぞれ重要なテーマですが、まず「なぜダイバーシティが事業にとって必要なのか」という根本的な問いに答える必要があります。
北陸の企業がダイバーシティに取り組むべき理由は、主に3つあります。
第一の理由は、「採用候補者の母数を広げるため」です。北陸の中小企業が「日本人、男性、新卒、地元出身」だけを採用ターゲットにしていては、候補者の数は年々減少します。女性、外国人、シニア、障がい者、UIターン者、異業種からの転職者——採用の間口を広げることが、人材確保の現実的な解決策です。
第二の理由は、「組織のイノベーション力を高めるため」です。同質的なメンバーで構成された組織は、同じ発想しか生まれにくい。異なる背景、経験、視点を持つ人材が集まることで、新しいアイデアや解決策が生まれやすくなる——これは多くの研究で示されています。北陸の製造業が新しい市場を開拓し、新しい製品を生み出すためには、多様な視点が不可欠です。
第三の理由は、「顧客・市場の多様化に対応するため」です。北陸の企業の取引先や顧客も多様化しています。海外企業との取引、インバウンド観光客への対応、高齢者向け製品の開発——多様な顧客のニーズを理解するためには、組織の中にも多様な視点が必要です。
「ダイバーシティ=特別なこと」という誤解を解く
ダイバーシティの推進が進まない企業に共通するのは、「ダイバーシティは特別なことをしなければならない」という誤解です。
ダイバーシティの本質は、「一人ひとりが持つ違い(性別、年齢、国籍、経験、価値観、働き方のスタイル)を、組織の強みに変える」ことです。大がかりな制度導入や専門部署の設置が必要なわけではありません。
「今いる社員一人ひとりの力を最大限に引き出すこと」——これがダイバーシティの出発点です。そう考えれば、北陸の中小企業でも取り組めることが見えてきます。
女性の活躍推進——北陸の「共働き文化」を活かす
北陸三県は、全国的に見ても共働き率が高い地域です。女性の就業率は全国トップクラスにあります。しかし、「女性が多く働いている」ことと「女性が活躍している」ことはイコールではありません。
北陸の中小企業で見られる課題として、「女性が管理職に登用されにくい」「結婚・出産を機にキャリアが中断する」「重要なプロジェクトから外される」——こうした「見えない壁」が、女性のキャリア発展を制限していることがあります。
女性活躍推進のための具体的なアプローチをいくつか紹介します。
「管理職候補としての育成計画」を立てることが基本です。「将来の管理職候補」を性別に関係なくリストアップし、計画的に経験と研修の機会を提供する。「女性だから」ではなく「能力があるから」管理職に登用する——この原則を明確にすることが重要です。
「育児との両立支援」の充実も不可欠です。時短勤務、在宅勤務、フレックスタイム、子の看護休暇——こうした制度を「形だけ」ではなく「使える」状態にすること。制度があっても「使うと評価が下がる」という雰囲気では意味がありません。
「無意識バイアスへの気づき」を促す研修も効果的です。「重要な仕事は男性に」「女性は補助的な仕事が向いている」——こうした無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)に気づくための研修を、管理職を中心に実施します。
富山県のある機械メーカーでは、「女性エンジニアの育成プログラム」を導入しました。入社3年目以降の女性エンジニアに対して、メンター(女性管理職またはベテラン女性技術者)を配置し、キャリアの相談やスキルアップの支援を行う仕組みです。5年間でこのプログラムを経た女性エンジニア3名が管理職候補として育ち、うち1名がチームリーダーに就任しました。「ロールモデルがいることで、後輩の女性社員のキャリア意識が変わった」と人事担当者は話していました。
外国人材の活用——「労働力」ではなく「仲間」として
北陸の製造業、食品加工業、建設業では、技能実習制度や特定技能制度を通じて外国人材が多く働いています。しかし、外国人材を「労働力の補填」としてだけ位置づけるのでは、ダイバーシティとは言えません。
外国人材を「組織の一員」として活躍してもらうためには、いくつかの条件が必要です。
「コミュニケーション環境の整備」として、社内の重要な情報(安全ルール、就業規則、評価基準、キャリアパス)を外国人材が理解できる形で提供する。やさしい日本語、多言語翻訳ツール、絵や図を使った説明——「伝わる」工夫が重要です。
「文化的な配慮」として、宗教上の習慣(祈りの時間、食事制限)、祝日・休暇の文化的な違い、家族とのコミュニケーション手段——こうした配慮が、外国人材の「ここで安心して働ける」という感覚を支えます。
「キャリアの見通し」を示すことも大切です。「技能実習が終わったらどうなるか」「特定技能で何年働けるか」「正社員登用の道はあるか」——こうした情報を明確に伝えることで、長期的な定着につながります。
「日本人社員との関係構築」の支援も必要です。言葉の壁や文化の違いから、外国人材と日本人社員の間に「見えない壁」ができることがあります。一緒に食事をする機会、地域の行事への参加、互いの文化を紹介する場——こうした交流が、「仲間」としての関係を育てます。
シニア人材の活用——経験と知恵を活かす
高齢化が進む北陸では、シニア人材の活用も重要なダイバーシティの一側面です。
60歳定年後の再雇用は法律で義務化されていますが、「とりあえず再雇用している」だけでは、シニアのモチベーションも組織への貢献度も低くなりがちです。
シニア人材を「経験と知恵の源泉」として積極的に活用するアプローチとして、いくつかの方法があります。
「メンター・アドバイザーとしての役割」は、シニアの経験を若手の育成に活かす方法です。技術の伝承、業界知識の共有、人間関係の調整——こうした「長年の経験でしかできないこと」を、シニアの仕事として位置づけます。
「専門業務への集中」として、ベテランの高度な技術や知見を特定の業務に集中的に投入する。品質管理のスペシャリスト、安全管理のアドバイザー、営業支援の顧問——フルタイムでなくても、短時間勤務で高い価値を発揮できる働き方です。
「業務内容と働き方の柔軟化」として、体力的な負荷の大きい業務からの転換、短時間勤務、週3〜4日勤務——シニアの体力と希望に合わせた柔軟な働き方を用意することで、「働き続けたい」という意欲を維持できます。
ある北陸の企業でダイバーシティが競争力を生んだ話
石川県のある食品メーカーの事例をお話しします。
この企業は、加賀野菜を使った加工食品を製造する社員数45名の会社でした。国内市場の縮小に直面し、新たな成長の道筋を模索していました。
転機は、ベトナム出身の社員が入社したことでした。元々は技能実習生として入社した彼女は、日本語が上達し、正社員として登用されました。彼女がある日、「ベトナムでは日本の食品がとても人気がある。うちの製品も売れると思う」と提案したことが、東南アジア向け輸出の検討に発展しました。
さらに、育児から復帰した女性社員がSNSでの情報発信を担当し、20代〜30代の若い世代向けのマーケティングを主導しました。従来の「地元向け、年配層向け」のマーケティングでは接点がなかった層にリーチする新しいチャネルが生まれたのです。
シニアの元営業マネージャーが、パートタイムで地元の小売店との関係再構築を担当し、販路の安定化にも貢献しました。
「多様な人材がいたからこそ、新しい市場を見つけ、新しい売り方を開発できた」——経営者はそう振り返っています。ダイバーシティが「きれいごと」ではなく「事業の成果」として実感された瞬間でした。
ダイバーシティ推進の「はじめの三歩」
北陸の中小企業がダイバーシティに取り組む際、大がかりな施策から始める必要はありません。「はじめの三歩」を紹介します。
第一歩は、「自社の多様性の現状を把握する」ことです。社員の性別、年齢、国籍、雇用形態の構成を整理し、「どこが同質的で、どこに多様化の余地があるか」を確認します。
第二歩は、「一つのテーマで小さく始める」ことです。女性活躍推進、外国人材の受け入れ体制改善、シニアの役割再定義——自社にとって最も効果が高そうなテーマを一つ選び、具体的な施策を始めます。
第三歩は、「経営者がメッセージを出す」ことです。「うちの会社は、多様な人材が活躍できる組織を目指す」という方針を経営者自身が発信すること。経営者のコミットメントが、組織全体の意識を変える最大の推進力です。
ダイバーシティを「経営数字」で語る
ダイバーシティ推進を経営に提案するとき、「社会的に正しいから」だけでは十分な推進力になりません。経営数字で効果を示す必要があります。
「採用候補者の母数の拡大」として、女性、外国人、シニア、異業種転職者——採用のターゲットを広げることで、これまで応募がなかった層からの候補者が得られます。採用の充足率が向上すれば、人手不足によるの機会損失が減少します。
「離職率の改善」として、多様な働き方を許容する組織は、「ここで長く働ける」と感じる社員が増え、離職率が下がる傾向があります。
「イノベーションの促進」として、多様な視点を持つチームは、新製品開発や新市場開拓において、同質的なチームよりも成果を出しやすいという研究があります。
「企業ブランドの向上」として、ダイバーシティに取り組む企業は、採用市場での評価が高まり、優秀な人材が集まりやすくなるという好循環が生まれます。
インクルージョン——多様性を「活かす」組織文化
ダイバーシティ(多様性)とセットで語られるのが、インクルージョン(包摂)です。
多様な人材を「採用する」だけでは不十分です。採用した多様な人材が「自分の意見を言える」「自分の力を発揮できる」「組織に受け入れられていると感じる」状態を作ること——それがインクルージョンです。
インクルージョンを実現するための施策として、いくつかの取り組みがあります。
「心理的安全性の醸成」として、「間違った意見を言っても責められない」「質問することが歓迎される」「異なる意見が尊重される」——こうした組織文化を意識的に育てることが重要です。1on1、チームミーティングのファシリテーション、管理職のリーダーシップ——これらを通じて、心理的安全性を高めます。
「公正な評価と機会の提供」として、性別、年齢、国籍に関係なく、能力と貢献に基づいて評価する。昇進、研修、重要なプロジェクトへのアサイン——こうした機会を公平に提供することが、インクルージョンの基盤です。
「日常の小さな配慮の積み重ね」として、外国人社員に日本語で話しかけるとき少しゆっくり話す、育児中の社員の会議時間を配慮する、シニア社員の経験を積極的に聞く——こうした日常の配慮が、「この会社は自分を受け入れてくれている」という実感につながります。
よくある失敗パターン
「数値目標だけ」を追いかける
「女性管理職比率30%」「外国人社員比率10%」——数値目標は方向性を示す上で有効ですが、数値だけを追いかけると、「数合わせのための登用」になりかねません。数値目標と、それを支える育成・環境整備の施策をセットで進めることが重要です。
「マイノリティへの特別扱い」と受け取られる
ダイバーシティ施策が「特定の属性の人への優遇」と捉えられると、既存社員の反発を招きます。「全員が活躍できる環境を作る取り組みの一環」として位置づけ、その文脈を丁寧に伝えることが大切です。
一過性のイベントで終わる
「ダイバーシティ研修を年1回実施した」だけでは、組織文化は変わりません。日常の業務の中に多様性を活かす仕組みを組み込むことが、持続的な変化を生みます。
「事業を伸ばす人事」を北陸のダイバーシティから
北陸の中小企業がダイバーシティに取り組むことは、「正しいことをする」だけでなく「事業を強くする」ための戦略です。
人口減少が進む北陸で、「日本人、男性、若手、地元出身」だけに頼る採用モデルは限界に近づいています。多様な人材を受け入れ、その力を活かせる組織を作ることが、人材確保と事業の成長の両方を実現する道です。
ダイバーシティは、一朝一夕に実現するものではありません。しかし、「自社の多様性の現状を把握する」「一つのテーマで小さく始める」「経営者がメッセージを出す」——この三歩を踏み出すことが、北陸の企業のダイバーシティ推進の第一歩です。
多様な人材が、自分の力を発揮し、互いに学び合い、事業の成長に貢献する。そういう組織が北陸に増えていくこと。それが、北陸の産業の未来を明るくする一つの力になるのではないかと思います。
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