北陸の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる方法
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北陸の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる方法

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北陸の水産加工業が人材確保と品質維持を両立させる方法

「冬場のカニの加工時期になると、もう猫の手も借りたい。でも人が来ない。品質を落とすわけにもいかない」——福井県のある水産加工会社の工場長が、額に汗しながらそう語っていたのが印象に残っています。

北陸は日本有数の水産物の産地です。富山のホタルイカやシロエビ、石川の加能ガニやノドグロ、福井の越前ガニやサバのへしこ——これらのブランド水産物は、加工によって付加価値が高まり、全国に届けられています。水産加工業は北陸の食文化を支える基幹産業の一つです。

しかし、水産加工業は全国的に人手不足が深刻な業種です。北陸においても例外ではなく、「漁獲量は確保できているのに、加工する人手が足りない」という状況が広がっています。加えて、食品衛生の要求水準は年々高まり、HACCP対応やアレルゲン管理など品質管理の負荷も増えています。

私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、水産加工業の人材課題は「人が足りない」と「品質を守る」という二つの命題を同時に解かなければならない点に難しさがあると感じています。単に「人を増やす」のではなく、「限られた人材で品質を維持・向上させる仕組み」を作ることが求められています。


北陸の水産加工業が直面する人材課題

北陸の水産加工業が抱える人材課題には、いくつかの特徴があります。

第一に、季節変動の激しさです。漁期に連動した繁忙期と閑散期の差が大きく、通年で一定の人員を維持することが難しいです。冬のカニ加工、春のホタルイカ加工、夏の干物加工——時期によって必要な人員数が大きく変わります。

第二に、早朝・深夜の勤務です。鮮度が命の水産加工では、早朝に水揚げされた原料をすぐに加工する必要があります。「朝4時出勤」「深夜のシフト」といった勤務形態は、他業種との人材獲得競争で不利に働きます。

第三に、労働環境の厳しさです。低温の加工場、水を使う作業、立ちっぱなしの長時間労働、生臭さ——こうした労働環境は、若い世代の就職候補から外れやすいです。

第四に、技術の属人化です。カニの身出しや刺身の盛り付けなど、品質を左右する技術がベテランに集中しています。「あの人がいないと、この品質は出せない」という状態は、経営上のリスクです。

第五に、外国人材への依存度の高さです。技能実習制度を通じて外国人材が働いている水産加工場が多いですが、制度の変更や人材の帰国による欠員が発生するリスクがあります。


人材確保の多角的なアプローチ

水産加工業の人材確保は、一つの方法に頼るのではなく、複数のアプローチを組み合わせることが現実的です。

アプローチ1:地域のパートタイム人材の開拓

水産加工業の繁忙期に合わせて働けるパートタイム人材を、地域から掘り起こすことが有効です。子育て中の方、シニア世代、農閑期の農業従事者——「短時間だけ働きたい」「特定の季節だけ働きたい」というニーズを持つ人材は、地域に一定数存在します。

「朝6時〜10時の4時間だけ」「週3日だけ」「11月〜1月の3ヶ月だけ」——こうした柔軟な勤務形態を設定し、そのニーズに合った求人を出すことで、従来の「フルタイム前提」の求人ではリーチできなかった層にアプローチできます。

アプローチ2:外国人材の戦略的な活用

技能実習制度に加え、特定技能制度を活用した外国人材の受け入れを計画的に進めることが重要です。「足りないから外国人を入れる」という受け身の姿勢ではなく、「外国人材を組織の中核として育成する」という戦略的な姿勢が、長期的な人材確保につながります。

外国人材の定着のためには、日本語教育の支援、生活面のサポート、文化的な配慮、キャリアパスの提示が不可欠です。「技能実習が終わったら帰る」のではなく、「特定技能に移行して長く働いてもらう」道筋を示すことで、育成投資が回収できます。

アプローチ3:機械化・自動化による省人化

水産加工の工程のうち、機械化が可能な部分を積極的に自動化することで、必要な人員数を減らすアプローチです。

計量・パック詰め・ラベル貼り・箱詰め——こうした工程は、専用の機械で自動化できる場合があります。初期投資はかかりますが、人件費の削減と品質の安定化が同時に実現します。

ただし、カニの身出しや刺身の盛り付けなど、職人の技術が求められる工程は、簡単に機械化できません。「機械化できる工程」と「人の技術が必要な工程」を仕分けし、人材を「技術が必要な工程に集中投入する」設計が合理的です。

アプローチ4:産業間の人材シェアリング

北陸には、繁忙期が異なる産業が集積しています。農業(春〜秋)、観光業(夏・冬)、建設業(春〜秋)——これらの産業と水産加工業の間で、「自社の閑散期に他社の繁忙期を手伝う」形での人材シェアリングが考えられます。

富山県のある水産加工会社では、近隣の農業法人と人材シェアリングの協定を結び、農閑期の冬季に農業従事者が水産加工場で働く仕組みを構築しました。農業法人にとっても「冬場の雇用確保」というメリットがあり、双方にとって有益な連携になっています。


品質維持のための人材育成

人材確保と同時に取り組むべきが、品質維持のための人材育成です。人手が変わっても品質が揺らがない仕組みを作ることが、水産加工業の競争力を支えます。

作業の標準化とマニュアル整備

品質のばらつきを減らすためには、作業手順の標準化が基本です。「ベテランの感覚」に頼っていた工程を、数値化・手順化してマニュアルに落とし込みます。

温度管理の基準値、加工時間の目安、検品のチェックポイント、異物混入防止の手順——こうした情報を、文字だけでなく写真や動画で記録したマニュアルは、新人教育の効率を大幅に改善します。多言語化すれば、外国人材の教育にも活用できます。

ただし、マニュアルでカバーできない「判断力」の部分は、OJTでの伝承が不可欠です。「この色と弾力なら鮮度はOK」「この匂いがしたら加工ラインを止める」——こうした判断基準を、ベテランから若手に計画的に伝えるプログラムが必要です。

多能工化の推進

一人の社員が複数の工程を担当できる「多能工」を育成することで、人員の柔軟な配置が可能になります。「この人がいないとこの工程が止まる」というリスクを減らせます。

スキルマップを作成し、各社員がどの工程を担当できるかを可視化します。閑散期を利用して、未習得の工程を研修する計画を立てることで、繁忙期の人員配置の自由度が高まります。

HACCP対応の人材育成

食品衛生管理の国際標準であるHACCPへの対応は、水産加工業にとって必須です。HACCP管理者の養成、衛生教育の定期実施、記録管理の体制整備——こうした品質管理体制を維持するための人材育成は、取引先からの信頼維持にも直結します。


ある富山の水産加工会社での話

富山県のある水産加工会社の事例をお話しします。

この企業は、ホタルイカの佃煮と白エビの加工品を主力製品とする社員数35名の会社でした。春のホタルイカ漁期には通常の倍以上の加工量をこなす必要がありましたが、パート社員の確保が年々難しくなり、品質管理への懸念も高まっていました。

この企業と一緒に取り組んだのは、「人材確保」と「品質維持」を同時に解決する仕組みづくりでした。

まず、加工工程を「機械化可能な工程」と「人の判断が必要な工程」に分類しました。計量・パック詰め・ラベル貼りの工程に自動化設備を導入し、人手を「選別」「品質検査」「出荷管理」に集中させる体制にしました。

次に、作業マニュアルを動画で整備しました。ベテランの加工技術を撮影し、「なぜこの手順なのか」「どこを見て判断するのか」を解説付きで記録しました。日本語、ベトナム語、中国語の3言語で字幕をつけ、外国人材の教育にも活用できるようにしました。

パート人材の確保については、「朝6時〜10時」の4時間シフトを新設し、子どもを保育園に預ける前の時間帯に働きたいという地元の方々にアピールしました。さらに、前年の繁忙期に働いてくれた経験者に「今年もお願いできますか」と連絡する「リピーター制度」を作り、経験者の再雇用率を高めました。

外国人材については、技能実習生3名に加え、特定技能での受け入れを2名追加しました。日本語教室の費用補助、生活面での相談窓口の設置、月1回の交流会の開催——こうした支援策を通じて、外国人材の定着率が向上しました。

2年間でこれらの施策を実施した結果、繁忙期の人手不足が大幅に改善し、品質クレームも前年比で減少しました。工場長は「機械化と人の育成を組み合わせたことで、少ない人数でも品質を保てるようになった」と話していました。


労働環境の改善——「選ばれる水産加工場」になる

人材確保のためには、水産加工場の労働環境を改善し、「ここで働きたい」と思ってもらえる職場にすることが不可欠です。

「作業環境の改善」として、加工場の温度管理、換気設備の改善、防寒着や作業靴の支給、休憩スペースの充実——こうした投資は、社員の身体的な負担を軽減し、定着率の向上に寄与します。

「勤務時間の柔軟化」として、早朝勤務のシフトに対する手当の充実、短時間勤務のオプション、繁忙期と閑散期のメリハリのある勤務計画——こうした工夫が、多様な働き方のニーズに応えます。

「衛生・安全への投資」は、社員の安心感を高めると同時に、品質管理の基盤にもなります。「きれいな工場で働いている」という誇りが、仕事へのモチベーションにつながります。


「経営数字」で人材投資を語る

水産加工業の人材確保と品質維持への投資を経営に提案するとき、数字で語ることが重要です。

人手不足による機会損失を試算します。「加工能力の不足により、繁忙期に受けられなかった注文の金額」「品質不良による廃棄・返品のコスト」「パート人材の毎年の新規採用・教育コスト」——これらを合計すると、人材確保の課題が経営に与えるインパクトの大きさが見えてきます。

一方、機械化設備の導入コスト、マニュアル整備の工数、外国人材の受け入れコスト、労働環境改善の投資額——これらの投資と、それによって得られる効果(加工能力の維持・向上、品質クレームの減少、人材の定着率改善)を比較すれば、投資の合理性が説明できます。

「人が足りなくて受けられなかった注文は、年間○千万円分です。人材投資と機械化投資の合計○百万円で、この機会損失を防げます」——この説明が、経営判断を動かす起点になります。


よくある失敗パターン

「安い時給で人を集めよう」とする

水産加工の仕事は肉体的にも精神的にも負荷が高いです。最低時給に近い水準では、他業種との競争に勝てません。「この仕事に見合った報酬」を提示することが、人材確保の前提条件です。

外国人材を「一時的な労働力」としか見ない

外国人材を「使い捨て」の感覚で受け入れると、教育投資が毎回リセットされ、品質の安定も実現しません。長期的な戦力として育成する視点が必要です。

品質管理を「ベテランの経験」だけに頼る

ベテランがいる間は品質が保てても、退職後に品質が低下するリスクがあります。標準化とマニュアル整備で「人に依存しない品質管理」の仕組みを作ることが不可欠です。


「事業を伸ばす人事」を北陸の水産加工業から

北陸の水産加工業が持つ「鮮度と品質へのこだわり」は、全国の消費者に信頼される競争力の源泉です。その競争力を維持するためには、人材の確保と品質管理の仕組みが不可欠です。

「人が足りない」と嘆くだけでなく、「限られた人材で最高の品質を出す」仕組みを作ること。それは、機械化と人材育成の組み合わせであり、多様な雇用形態の設計であり、地域との連携です。

北陸の海の恵みを、消費者の食卓に届け続けるために。その裏側にある人材の仕組みづくりが、水産加工業の人事に求められている役割です。

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