
北陸の企業がメンタルヘルス対策を「予防」から始める方法
目次
北陸の企業がメンタルヘルス対策を「予防」から始める方法
「メンタル不調で休職する社員が出てから対応するのでは遅い。でも、何から始めればいいかわからない」——石川県のある製造業の総務担当者が、そう相談してきたことがあります。
メンタルヘルスの問題は、企業規模や業種を問わず広がっています。厚生労働省の調査によれば、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1ヶ月以上休業した労働者がいる事業所の割合は増加傾向にあります。北陸の企業も例外ではなく、特にコロナ禍以降、メンタルヘルスに関する相談が増えたという声を複数の企業から聞いています。
しかし、北陸の中小企業では、メンタルヘルス対策が「問題が起きてからの対処」にとどまっていることが多いです。「社員がうつ病になったので休職の手続きをした」「復職プログラムを考えなければならない」——こうした「事後対応」に追われる状態です。
私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、メンタルヘルス対策は「治療」よりも「予防」に重点を置くことが、社員と企業の双方にとって効果的だと確信しています。予防の仕組みは、大企業だけのものではありません。北陸の中小企業でも、身近なところから始められる取り組みがあります。
なぜ「予防」が重要なのか
メンタルヘルスの問題が発生してから対応する「事後対応」のコストは、予防のコストをはるかに上回ります。
社員がメンタル不調で休職した場合のコストを考えてみます。休職期間中の給与補填(傷病手当金の差額補填を行う企業の場合)、休職者の業務を引き継ぐ社員の残業コスト、休職者の復職支援のための面談・調整工数、最悪の場合は離職に至り、再採用コストが発生——これらを合計すると、1名の休職で数百万円のコストが発生し得ます。
一方、予防的な取り組み——ストレスチェックの実施、ラインケア研修、相談窓口の設置——のコストは、年間で数十万円から始められます。
「予防に投資する方が、問題が起きてから対応するよりも圧倒的に安い」——この認識が、メンタルヘルス対策を「予防」から始める第一歩になります。
北陸の企業に見られるメンタルヘルスの特徴
北陸の企業で見られるメンタルヘルスの課題には、地域特有の要因もあります。
「本音を言いにくい文化」は、北陸の職場の強みでもあり、弱みでもあります。「和」を大切にする風土は組織の安定を支えますが、「辛いときに辛いと言えない」「助けを求めることが弱さと見なされる」という側面もあります。ストレスを抱えたまま我慢し続け、限界を超えてから初めて問題が表面化する——このパターンが、北陸の企業では起きやすいです。
「冬場の気候条件」も無視できません。北陸は日本海側気候で、冬季は曇天や降雪が続きます。日照時間の短さは、季節性の気分変調に影響することが知られています。冬場にメンタル不調が増えるという企業の声は、科学的にも裏付けのある現象です。
「中小企業ゆえの人員の余裕のなさ」が、メンタルヘルス対策の障壁になっています。専任の産業医や健康管理スタッフを置く余裕がない中小企業では、メンタルヘルス対策が後回しにされがちです。
予防の3つの段階——「一次予防・二次予防・三次予防」
メンタルヘルスの予防は、3つの段階に分けて考えることが効果的です。
「一次予防」は、メンタル不調が発生しないよう、職場環境を整えることです。ストレスの原因を減らし、社員のレジリエンス(回復力)を高める取り組みが該当します。
「二次予防」は、メンタル不調の早期発見・早期対応です。ストレスチェック、管理職によるラインケア、相談窓口の設置が該当します。
「三次予防」は、メンタル不調からの復職支援・再発防止です。復職プログラムの設計、段階的な業務復帰、フォローアップ面談が該当します。
北陸の中小企業が最初に取り組むべきは、「一次予防」と「二次予防」です。問題の発生を減らし、発生した場合も早期に対処する——この二つの仕組みがあるだけで、「三次予防」が必要になるケースを大幅に減らせます。
一次予防——ストレスの原因を減らす職場づくり
一次予防は、「そもそもメンタル不調になりにくい職場」を作ることです。
「長時間労働の是正」は最も基本的な一次予防です。長時間労働はメンタル不調の最大のリスク要因の一つです。残業時間の上限管理、ノー残業デーの設定、業務量の適正化——こうした取り組みが、ストレスの基盤を削ります。
「コミュニケーションの活性化」も重要な一次予防です。「孤立」はメンタル不調のリスクを高めます。1on1面談、チームミーティング、部署横断の交流——日常的なコミュニケーションの機会を意図的に設けることが、孤立を防ぎます。
「心理的安全性の醸成」は、「困ったときに声を上げられる」組織文化をつくる取り組みです。「ミスを報告しても責められない」「体調が悪いときに休むことを躊躇しない」——こうした文化が根付いている組織は、メンタル不調の予兆が早く表面化し、対処しやすくなります。
「セルフケア教育」は、社員自身がストレスに気づき、対処する力を高める取り組みです。ストレスのサインの認識方法、リラクゼーション技法、生活習慣の改善——こうした知識を全社員に提供する研修は、一次予防の効果を高めます。
二次予防——早期発見の仕組みを作る
二次予防の中核は、「メンタル不調の予兆を早期に察知し、深刻化する前に対処する」ことです。
「ストレスチェックの活用」は、50名以上の事業場に義務化されています。50名未満の事業場でも、任意でストレスチェックを実施することが推奨されます。ストレスチェックの結果を組織分析に活用し、「どの部門でストレスが高いか」「どのストレス要因が大きいか」を把握することで、予防施策の優先順位が決められます。
「ラインケア研修」は、管理職がメンタル不調の予兆を察知し、適切に対応する力を高める研修です。「いつもと違う」——遅刻が増えた、口数が減った、ミスが増えた、表情が暗い——こうした変化に気づく力を管理職に身につけてもらいます。
「相談窓口の設置」は、社員が気軽に相談できる場を作ることです。社内の相談窓口(人事、総務、保健師)に加え、外部のEAP(従業員支援プログラム)サービスを導入することで、「社内には相談しにくい」という社員にも対応できます。
ある富山の企業がメンタルヘルス予防に取り組んだ話
富山県のある化学メーカーの事例をお話しします。
この企業は社員数約100名で、2年前に営業部門の中堅社員がメンタル不調で半年間休職したことをきっかけに、メンタルヘルス対策に本腰を入れることになりました。
最初に取り組んだのは、ストレスチェックの実施と組織分析でした。結果を部門別に分析したところ、営業部門と製造部門の夜勤チームでストレスレベルが高いことが判明しました。営業部門は「業務量の過多」と「上司からのサポート不足」が主因で、夜勤チームは「勤務時間の不規則さ」と「同僚とのコミュニケーション不足」が主因でした。
営業部門については、業務の棚卸しを行い、「本当に営業がやるべき仕事」と「事務部門に移管できる仕事」を仕分けしました。見積書の作成や受注データの入力など、事務的な作業を事務部門に移管したことで、営業社員の残業時間が月平均5時間削減されました。また、営業部長に対してラインケア研修を実施し、部下との1on1面談を月1回行うようにしました。
夜勤チームについては、シフトの見直しにより連続夜勤の回数を減らし、夜勤後の休息時間を確保するルールを明確にしました。また、夜勤チーム専用のチャットグループを作り、日勤チームとの情報共有を円滑にしました。
全社施策として、外部のEAPサービス(24時間電話相談)を導入しました。年間契約料は社員数100名で約60万円。「社内には話しにくいことも、外部の専門家に相談できる」という選択肢が加わったことで、社員の安心感が向上しました。
さらに、年2回の「セルフケア研修」を全社員対象に実施しました。ストレスの仕組み、自分のストレスサインの見つけ方、リラクゼーションの実践——こうした内容を、外部の産業カウンセラーを講師に招いて行いました。
1年後、ストレスチェックの結果は前年と比較して改善が見られ、メンタル不調による休職者は発生しませんでした。人事担当者は「大きな投資をしたわけではなく、小さな改善の積み重ねが効果を生んだ」と話していました。
管理職のメンタルヘルス——「支える人」を支える
メンタルヘルス対策で見落とされがちなのが、「管理職自身のメンタルヘルス」です。
部下のケア、上司からのプレッシャー、業績目標の達成——管理職は「支える側」として大きなストレスを抱えています。特に北陸の中小企業では、管理職が「プレイングマネージャー」として現場業務とマネジメントを兼務していることが多く、負荷が集中しやすいです。
管理職のメンタルヘルスを守るためには、管理職同士が悩みを共有できる場の設置、管理職向けのカウンセリングの提供、管理職の業務量の適正化——こうした取り組みが必要です。
「部下のケアをしなさい」と管理職に求めるなら、その管理職自身がケアされている状態を作ることが前提です。
メンタルヘルス対策を「経営数字」で語る
メンタルヘルス対策を経営に提案するとき、「社員の健康は大切だから」だけでは投資判断につながりにくいです。経営数字で効果を説明する準備が必要です。
メンタル不調による休職の直接コストを試算します。休職者1名の場合、休職中の給与負担(傷病手当金の差額分)、代替要員の確保コスト(派遣社員や残業増加)、復職支援の工数——合計で年間200〜500万円のコストが発生し得ます。
間接コストも大きいです。メンタル不調の社員がいるチームの生産性低下、周囲の社員への心理的影響、離職に至った場合の再採用コスト——こうした間接コストを含めると、影響はさらに大きくなります。
一方、予防施策のコストは、ストレスチェック(年間20〜50万円)、EAPサービス(年間50〜100万円)、ラインケア研修(年間10〜30万円)、セルフケア研修(年間10〜30万円)——合計で年間100〜200万円程度です。
「メンタル不調による休職を年間1件防ぐだけで、予防投資のコストは回収できます」——この計算が、経営判断の起点になります。
よくある失敗パターン
「メンタルヘルスは個人の問題」として組織対応を怠る
メンタル不調は個人の弱さではなく、職場環境とのミスマッチから生じることが多いです。組織として環境を整える視点がなければ、同じ問題が繰り返されます。
ストレスチェックを「やるだけ」で活用しない
法定義務としてストレスチェックを実施しても、結果を分析して改善に活かさなければ意味がありません。組織分析の結果を経営と共有し、具体的な改善策につなげることが重要です。
「相談したら不利になる」という空気を放置する
「メンタルの相談をすると評価が下がる」「休むと周囲に迷惑がかかる」——こうした空気があると、社員は問題を隠します。「相談すること自体が評価される行動」という文化を作ることが、予防の基盤です。
「事業を伸ばす人事」を北陸のメンタルヘルス予防から
社員の心身の健康は、事業の持続的な成長の基盤です。「心が健康な社員が、良い仕事をし、良い成果を出す」——この当たり前の原則を、組織の仕組みとして支えることが、メンタルヘルス対策の本質です。
予防は「何も起きていない」ときに始めるものです。何も起きていないからこそ、「今のうちに」取り組む。その先見的な判断ができるかどうかが、北陸の企業の人事の力量を示すのではないかと思います。
関連記事
制度設計・運用北陸の企業が副業・兼業制度を導入して人材の幅を広げる方法
社員に副業を認めたら、辞めてしまうのではないか——石川県のある製造業の経営者が、副業制度の話題になったときに真っ先にそう口にしたのを覚えています。
制度設計・運用北陸の企業が「等級制度」を再設計するときの考え方
うちの等級制度は20年前に作ったまま。社員数が倍になり、事業内容も変わったのに、等級だけが昔のまま残っている——富山県のある製造業の人事部長が、そう話してくれたことがあります。
制度設計・運用北陸の中小企業がジョブ型雇用の考え方を取り入れる方法
ジョブ型雇用が話題だけど、うちのような中小企業には関係ないと思っている——石川県のあるメーカーの社長がそう話していたのは、あるセミナーの後のことでした。
制度設計・運用北陸の企業が人事と現場の「壁」を壊す方法
人事が決めたことは現場の実情に合っていない。でも人事に言っても聞いてもらえない——石川県のある製造業の工場長が、率直にそう話してくれたことがあります。