
金沢のIT企業がカスタマーサクセス人材を育てる方法
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金沢のIT企業がカスタマーサクセス人材を育てる方法
「カスタマーサクセスのポジションを作ったが、何をする人なのかが社内で共有できていない。営業ともサポートとも違う、曖昧な存在になっている」——金沢市のあるSaaS企業の経営者が、そう話していたことがあります。
金沢はここ数年、IT企業の集積が進んでいます。北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)や金沢工業大学からの人材供給、金沢市のIT企業誘致施策、生活コストの安さと文化的な豊かさ——こうした要因が重なり、SaaS(Software as a Service)やクラウドサービスを提供するIT企業が金沢にオフィスを構えるケースが増えています。
こうしたIT企業にとって、「カスタマーサクセス」は事業成長の鍵を握るポジションです。カスタマーサクセスとは、顧客が自社のサービスを使って「成功」を実現できるよう能動的に支援する役割です。従来のカスタマーサポートが「困ったときに対応する」受動的な活動であるのに対し、カスタマーサクセスは「顧客が困る前に先回りして支援する」能動的な活動です。
しかし、金沢のIT企業がカスタマーサクセス人材を確保するのは簡単ではありません。カスタマーサクセスという職種の歴史が浅く、経験者が少ない。首都圏のSaaS企業と人材の獲得競争になる。そもそも「何をする人なのか」の定義が社内で曖昧——こうした課題があります。
私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、カスタマーサクセス人材は「採用する」よりも「育てる」方が現実的だと感じています。特に金沢のIT企業にとっては、社内の人材をカスタマーサクセスに転身させる方が、外部から経験者を採用するよりも成功確率が高いケースが多いです。
カスタマーサクセスがIT企業に不可欠な理由
SaaSビジネスにおけるカスタマーサクセスの重要性は、ビジネスモデルの構造に起因しています。
SaaSは月額・年額のサブスクリプションモデルです。顧客が契約を継続してくれることが売上の基盤であり、解約(チャーン)が増えると事業が成り立ちません。新規顧客の獲得コストは既存顧客の維持コストの5〜7倍と言われており、既存顧客の成功を支援して継続利用してもらうことが、事業の安定と成長に直結します。
カスタマーサクセスの具体的な役割は、顧客のオンボーディング支援(導入初期の活用促進)、利用状況のモニタリングと能動的なアプローチ、顧客の成功事例の構築と共有、アップセル・クロスセルの機会の発見、解約リスクの早期検知と対策——これらを通じて「顧客のLTV(顧客生涯価値)」を最大化することです。
金沢のIT企業がカスタマーサクセス人材に苦労する理由
金沢のIT企業がカスタマーサクセス人材の確保に苦労する背景には、いくつかの構造的な要因があります。
第一に、職種の認知度が低いことです。「カスタマーサクセスマネージャー」という職種は、首都圏のSaaS業界では一般的ですが、北陸の求職者にとっては馴染みが薄いです。求人を出しても「何をする仕事かわからない」と敬遠される可能性があります。
第二に、経験者の絶対数が少ないことです。カスタマーサクセスの専門家は全国的にも不足しており、金沢に限定すればさらに限られます。経験者の採用に頼ると、いつまでも人材が確保できない状況に陥ります。
第三に、必要なスキルが複合的であることです。カスタマーサクセスには、コミュニケーション力、問題解決力、データ分析力、プロダクトへの深い理解、ビジネス思考——複数のスキルが求められます。「このスキルさえあれば」という単一の条件では採用できません。
カスタマーサクセス人材を社内で育てる5つのステップ
ステップ1:カスタマーサクセスの役割を社内で明確に定義する
まず、「カスタマーサクセスとは何をする人か」を社内で明確に定義します。
「営業は新規顧客を獲得する。サポートは問い合わせに対応する。カスタマーサクセスは、既存顧客が自社サービスを使って成功を実現できるよう、能動的に支援する」——この三者の役割分担を明確にすることが出発点です。
カスタマーサクセスの具体的な業務内容、KPI(解約率、利用率、アップセル率、NPS、顧客満足度など)、チーム内の役割分担を文書化し、全社に共有します。
ステップ2:適任者を社内から選定する
カスタマーサクセスに向いている人材のプロファイルを定め、社内から候補者を選定します。
営業経験者は、顧客とのコミュニケーション力とビジネス感覚を持っています。カスタマーサポート経験者は、顧客の課題を理解し、対応するスキルを持っています。エンジニアは、プロダクトへの深い理解を持っています。
いずれの経験者も、カスタマーサクセスに必要なスキルの一部を持っています。「不足しているスキル」を特定し、育成計画を立てることで、社内人材をカスタマーサクセス担当に転身させることが可能です。
ステップ3:体系的なトレーニングプログラムを設計する
カスタマーサクセス担当者に必要なスキルを、体系的に育成するプログラムを設計します。
「プロダクト知識」の習得として、自社サービスの機能、活用方法、導入事例を徹底的に学ぶ。営業やエンジニアからのレクチャー、実際に自分でサービスを使い込む体験学習が効果的です。
「顧客理解」のスキルとして、顧客の業界知識、ビジネスモデル、課題の把握方法を学ぶ。既存顧客の訪問やヒアリングに同席する機会を設けます。
「データ分析」のスキルとして、顧客の利用データの読み方、解約リスクの指標、健全性スコアの算出方法を学ぶ。ExcelやBIツールの操作スキルも含めます。
「コミュニケーション」のスキルとして、オンボーディングの進め方、ビジネスレビューの実施方法、難しい会話(解約の申し出、クレーム対応)のハンドリングを学ぶ。ロールプレイによる実践練習が効果的です。
ステップ4:実践とフィードバックのサイクルを回す
トレーニングで学んだスキルを実践で試し、フィードバックを受けるサイクルを設計します。
最初は先輩のカスタマーサクセス担当者やマネージャーに同席してもらいながら顧客対応を行い、対応後に「良かった点」「改善点」を振り返る。徐々に独り立ちしていく過程で、定期的な1on1面談を通じてスキルの伸びを確認します。
「成功事例」と「失敗事例」を社内で共有する場も重要です。月に1回の「ケーススタディ会」で、「この顧客をどう支援して解約を防いだか」「この顧客のオンボーディングがなぜうまくいかなかったか」を議論することで、チーム全体の知見が底上げされます。
ステップ5:キャリアパスと評価制度を整備する
カスタマーサクセスという職種で長く活躍してもらうために、キャリアパスと評価制度を整備します。
カスタマーサクセス担当→シニアカスタマーサクセス→カスタマーサクセスマネージャーという成長の道筋を示すことで、「この職種で成長していける」という見通しが持てます。
評価指標は、担当顧客の解約率、アップセル実績、NPS、顧客満足度、社内ナレッジへの貢献——こうした「顧客の成功に貢献する行動」を軸に設計します。
ある金沢のSaaS企業がカスタマーサクセスチームを立ち上げた話
金沢市のあるクラウド会計ソフトを提供するSaaS企業の事例をお話しします。
この企業は社員数約40名で、北陸と関東の中小企業を顧客としたクラウドサービスを提供していました。サービスの月間解約率が3%を超え、年間では30%以上の顧客が離脱している状態でした。経営者は「新規獲得に投資するだけでなく、既存顧客の維持に本腰を入れる必要がある」と判断し、カスタマーサクセスチームの立ち上げを決めました。
外部からカスタマーサクセス経験者を採用しようとしましたが、金沢での募集には応募がほとんどありませんでした。そこで、社内から人材を選定する方針に切り替えました。
営業チームから2名、カスタマーサポートから1名の計3名を選定し、カスタマーサクセスチームを編成しました。選定の基準は、「顧客の課題に関心を持っている」「能動的に動ける」「データを見る習慣がある」の3点です。
3名には2ヶ月間のトレーニングプログラムを実施しました。第1週〜第2週はプロダクト知識の深掘り(エンジニアからのレクチャー、自分でサービスを触る)。第3週〜第4週は顧客理解(既存顧客への同行訪問、業界知識の学習)。第5週〜第6週はカスタマーサクセスの手法(オンボーディング設計、利用データの分析方法、チャーン予兆の検知)。第7週〜第8週は実践(先輩同席のもと、実際の顧客対応を経験)。
チームの立ち上げにあたり、顧客の「健全性スコア」を設計しました。ログイン頻度、主要機能の利用率、問い合わせの内容と頻度——これらの指標を組み合わせたスコアで、各顧客の状態を「健全」「要注意」「危険」に分類。「危険」の顧客には優先的にアプローチする仕組みです。
6ヶ月後、月間解約率が3%から1.5%に改善しました。特に、「導入後3ヶ月以内の解約」が大幅に減少。オンボーディングの質が向上したことが主因でした。
1年後には、アップセル(上位プランへの移行)も増加し、既存顧客からの売上が15%向上しました。カスタマーサクセスチームのメンバーの一人は「営業時代は『契約を取ること』がゴールだったが、カスタマーサクセスでは『顧客が成功すること』がゴール。この仕事の方が自分には合っている」と話していました。
カスタマーサクセスの育成を「経営数字」で語る
カスタマーサクセスへの投資を経営に提案するとき、数字で語ることが決定的に重要です。
解約率の改善による売上インパクトを試算します。月間解約率3%の場合、100件の顧客は年間で約30件が解約。月額単価5万円なら、年間で1,800万円の売上が失われます。解約率を1.5%に改善すれば、年間の解約は約17件に減り、差額の約780万円が守られます。
カスタマーサクセスチームの運用コスト(3名の人件費の一部、ツールのコスト)が年間500万円だとすれば、解約率改善だけで投資を回収できます。さらにアップセルの売上増も加味すれば、投資対効果は明確です。
よくある失敗パターン
カスタマーサクセスを「高級なサポートチーム」にしてしまう
問い合わせ対応に追われて、能動的な支援ができない状態です。カスタマーサクセスとカスタマーサポートの役割を明確に分け、サクセスチームが「能動的な活動」に時間を使える体制にすることが重要です。
顧客データを活用しない
感覚的に「あの顧客は大丈夫」「この顧客は危ない」と判断していると、見落としが生じます。利用データに基づく健全性スコアを導入し、データドリブンなアプローチを基本とすることが効果的です。
全顧客に同じ対応をする
顧客の規模、利用状況、契約金額によって、適切な対応の仕方は異なります。ハイタッチ(個別対応)、テックタッチ(メール・ツールによる一括対応)を使い分け、リソースを効率的に配分することが大切です。
「事業を伸ばす人事」を金沢のカスタマーサクセスから
金沢のIT企業にとって、カスタマーサクセスは事業成長のエンジンです。新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客の成功を支援し、長期的な関係を築くこと。それが、サブスクリプションビジネスの持続的な成長を支えます。
カスタマーサクセス人材を外部から採用するのが難しいなら、社内で育てる。営業やサポートの経験を持つ人材が、カスタマーサクセスの視点とスキルを身につけることで、顧客との関係が「売る・支える」から「共に成功する」に変わります。
金沢のIT企業が、顧客の成功を自社の成長に結びつける。そのための人材育成が、事業の未来を切り拓いていくのではないかと思います。
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