
「優秀なプレイヤー」がなぜ「困った管理職」になってしまうのか——北陸の人事が向き合うべき育成の問い
目次
「優秀なプレイヤー」がなぜ「困った管理職」になってしまうのか——北陸の人事が向き合うべき育成の問い
「プレイヤーとしては本当に優秀なのに、管理職になった途端にチームがうまくいかなくなってしまった」
こういった経験、心当たりはないでしょうか。北陸の企業でも、この悩みを抱える人事担当者は少なくないと思います。
管理職になった本人も、その部下も、そして人事も、全員が困っている。なのに、なかなか手が打ちにくい——そのもどかしさについて、少し一緒に考えてみたいと思います。
北陸ならではの管理職育成の文脈
北陸の産業は、職人的な技術力と誠実さを大切にする文化を持っています。製薬・医療機器、精密機械・金属加工、伝統工芸——いずれの分野でも、「技術で認められた人がリーダーになる」という流れは自然なことでした。
しかし、プレイヤーとして技術を磨いてきた人が、管理職として「他者を通じて成果を出す」役割に移行するのは、実はまったく別のスキルセットを必要とします。
加えて北陸では、中小・老舗企業が多く、管理職育成に割けるリソースが限られているケースが目立ちます。「OJTで覚えてもらう」「見て学べ」という文化が根強い一方、若い世代はより明確なフィードバックや成長機会を求めています。このギャップが、管理職育成の難しさを生み出しています。
なぜ今、管理職育成に投資する価値があるのか
管理職がうまく機能しないことのコストは、目に見えにくいですが確実に積み重なります。
チームのパフォーマンス低下、メンバーの離職増加、採用コストの増大——マネジメントの質が1ランク下がると、チームの生産性が2割落ちるとも言われます。反対に、管理職が機能することで、同じ人員でも成果が変わる。これは経営にとって、非常にレバレッジの大きい投資です。
技術継承が課題の北陸では特に、管理職が「若手の育成者」として機能できるかどうかが、企業の将来に直結します。
実践に向けた3つの視点
視点1:管理職の「役割転換」を言語化する
管理職になった人が迷子になる理由の一つは、「何をどう変えればいいのかが伝わっていない」ことです。
「マネジメントをしっかりやってほしい」という抽象的な期待では、動きようがありません。「1on1を週1回実施する」「チームの目標設定に関与する」「部下の成長を自分の成果として語れる」——こういった具体的な行動レベルで、管理職に期待することを伝えることが大切なのではないかと思います。
この「言語化」は、人事が主導してできることです。
視点2:「管理職になる前」からの育成を意識する
管理職に登用してから育成を始めるのでは、本人にとっても組織にとっても負荷が高くなります。
「いずれ管理職になりそうな人」に対して、早い段階でリーダーシップの機会を与える——プロジェクトリーダー、後輩の指導係、会議のファシリテーターといった経験を、日常業務の中に埋め込む。こういったアプローチが、スムーズな役割転換につながることがあります。
視点3:「フィードバックをもらえる場」をつくる
管理職は、往々にして孤独です。部下には言えないこと、上司には相談しにくいことが溜まっていく。
同業他社との交流勉強会、社内の管理職同士での事例共有の場、外部の研修——こういった「フィードバックをもらえる場」が、管理職の成長を加速させることがあります。北陸では地理的に選択肢が限られることもありますが、オンラインも活用すれば選択肢は広がります。
ある北陸の企業での話
石川県のある老舗漆器メーカーでは、技術職のトップとして活躍していたベテラン職人が、工房のリーダーに就任しました。しかし、若手のミスに対して感情的になったり、「俺の背中を見て学べ」という指導スタイルが若手の早期離職を招いてしまっていたといいます。
人事担当者が関わる中で見えてきたのは、「リーダー自身がどう評価されるか」が曖昧なままだったことでした。「技術が高ければ評価される」という価値観のまま管理職になったため、「人を育てることが自分の仕事だ」という意識が育っていなかったのです。
評価基準を「部下の成長度合い」も含む形に変えたことで、そのリーダーの行動が少しずつ変わり始めたといいます。評価の仕組みが変わると、行動が変わる——シンプルですが、見落とされがちな視点だと思います。
管理職育成に「かかるコスト」と「かけない場合のコスト」
管理職育成への投資を経営に提案するとき、「コストがかかる」という反論が出ることがあります。しかし、「管理職育成に投資しない場合のコスト」もしっかりと試算してみると、議論の見え方が変わってきます。
管理職がうまく機能しないことで生じるコストの代表例を挙げてみます。まず、チームの離職率上昇です。「上司のマネジメントに不満があって辞めた」という理由は、退職理由の上位に常に来ます。中堅社員1名が離職すると、採用・育成コスト合わせて100〜200万円規模の損失になることがあります。
次に、生産性の低下です。マネジメントの質が低い職場では、部下が「何をしていいかわからない」「やっても認めてもらえない」という状態になり、能力の5〜6割しか発揮されていないケースがあります。北陸の製造業では、技術者1名の生産性低下がライン全体の効率に直結することもあります。
管理職研修1回の費用(外部講師を呼んだとして5〜20万円程度)と、管理職不全による離職コスト・生産性損失を比較すると、投資の合理性は明快です。大切なのは「コストをかけるかどうか」ではなく、「どのコストが会社の成長につながるか」という視点です。
北陸の職人文化と「教える」文化の間に立つ管理職
北陸の製造業・伝統工芸の現場では、「技術は盗むもの」「3年は黙って仕事を見ろ」という文化が残っていることがあります。この文化が機能してきた背景には、「見ること・体得することの価値」を大切にする姿勢があります。それ自体は尊いものです。
しかし、現代の若手社員——特にZ世代(1990年代後半〜2010年代生まれ)は、「なぜこうするのか」「自分はどう成長できるのか」を言語化して教えてほしいというニーズを持っています。説明なしに「見て覚えろ」という環境は、入社後の早期離職の原因になることがあります。
管理職は、この「伝統的な教え方の価値」と「今の若手が求めるもの」の間に立つ橋渡し役です。「なぜこの技術が大切か」「どういうステップで習得するか」を言語化することは、技術の価値を下げるのではなく、むしろ伝わりやすくする行為です。
人事が管理職をサポートできる場面の一つが、「教え方・伝え方のスキルを一緒に考えること」です。外部の管理職研修、先輩管理職との対話の場、人事によるコーチング——どれも小さな投資で始められます。北陸の技術文化を次の世代に継承するためにも、管理職の「伝える力」への投資は欠かせないのではないかと思います。
管理職が孤立しないための仕組みを人事が作る
管理職育成でよく見落とされるのが、「登用後のサポート体制」です。
管理職になった後、定期的に「どんな困りごとがあるか」「チームで何が起きているか」を人事が聞く機会を設けている企業はまだ少ないです。管理職は部下には言えないことを抱え、上司には相談しにくいことを溜めやすい立場です。孤立した管理職は、バーンアウト(燃え尽き)のリスクも高くなります。
月1回の人事との1on1、管理職同士の事例共有会、外部メンターとの対話——いずれもコストをかけすぎずに設計できます。「管理職が孤立しない環境」を作ることが、管理職育成の見えにくいが重要な一手です。北陸の企業の多くは規模が中小であるため、「人事と管理職の距離が近い」という強みがあります。その強みを活かして、管理職を孤立させない関係づくりができることが、北陸の人事の独自の価値ではないかと思っています。
よくある失敗パターン
「研修を受けさせれば変わるはず」という期待をかける
研修は知識・スキルのインプットには有効ですが、それだけでは行動変容につながりません。研修後に「どう実践するか」「困ったときに誰に相談するか」まで設計することが大切です。
管理職の「悩み」に気づかないまま放置する
管理職は「できて当たり前」と見られがちで、本人も助けを求めにくい。定期的な1on1やサーベイで、管理職の状態を把握する仕組みを持つことが重要です。
プレイヤーとして優秀な人を「昇進ポスト」として使う
本人が管理職に向いているか、望んでいるか——これを確認せずに登用するのは、お互いにとってリスクがあります。「エキスパート職」など、管理職以外のキャリアパスを用意することも、検討の価値があります。
「管理職になりたくない」という声に向き合う
北陸の企業でも増えてきているのが、「管理職になりたくない」という声です。「責任が増えるのに、給与がさほど変わらない」「マネジメントより専門の仕事に集中したい」「プレーヤーとして活躍している先輩が管理職になって苦労している姿を見ている」——こういった本音が、優秀なプレイヤーが管理職になることを躊躇させています。
この傾向を「最近の若者の問題」と片付けてしまうのは、実態を見誤ることになります。「管理職のポジションが魅力的に設計されていない」という会社側の問題が、多くの場合に潜んでいます。
対応の一つとして、「管理職の処遇を見直す」ことがあります。管理職手当・役職手当が責任に見合っているか、市場水準と比較して適切かを確認することが出発点です。
もう一つは「エキスパート職(専門職)コースの設計」です。管理職にならなくても技術・専門性で評価・処遇される「専門家のキャリアパス」を用意することで、「管理職以外の成長の道」が生まれます。北陸の製造業・伝統産業では、「職人としての技術の深さ」でキャリアを積んでいける設計が、優秀な専門人材の定着につながることがあります。
「管理職になりたくない」という声は、キャリアパスの設計を見直す機会のサインです。
管理職の「役割転換」を支える評価制度の設計
管理職育成でよく見落とされるのが、「管理職を評価する基準が変わっているか」という点です。
プレイヤーとして優秀だったから管理職に登用した。でも、評価の基準がプレイヤー時代と変わっていない——これでは、管理職として求められる行動(人を育てる、チームをまとめる、情報を共有する)が評価されないため、行動が変わりません。
「管理職の評価に、チームの目標達成率・部下の成長度・メンバーの定着率を組み込む」——こういった評価軸の変更が、管理職の行動を変えるきっかけになります。石川県の老舗漆器メーカーの事例でも触れましたが、「評価されること」が変われば、「大切にすること」が変わるのは自然な流れです。
評価制度の設計は人事の仕事ですが、「管理職に何を期待するか」を経営と合意することが先決です。「人事だけが管理職育成に悩んでいる」状態から抜け出すためにも、「管理職に何をしてほしいか」を経営・現場・人事の三者で対話する場を作ることが、育成の第一歩になるかもしれません。
北陸の産業変化と管理職に求められる新しいスキル
北陸の産業は、技術継承と変化への対応という二つの課題を同時に抱えています。この文脈で、管理職に求められるスキルも変化しています。
従来型の「技術を教える・背中を見せる」管理職像に加えて、「チームの目標を言語化できる」「メンバーの多様な強みを活かして成果を出す」「デジタルツールを使った進捗管理ができる」というスキルが、現代の管理職には必要になっています。
特に北陸新幹線延伸以降、観光・ホテル・飲食業などのサービス産業では、外国人観光客への対応や多様な人材マネジメントが必要になっています。精密機械・製薬産業では、海外取引先との英語コミュニケーションができる管理職の必要性が高まっています。
「今の管理職が持っているスキル」と「これからの事業に必要なスキル」のギャップを定期的に棚卸しすることが、管理職育成の計画を現実的なものにします。このギャップ分析を人事が主導できると、「管理職育成の計画」が「事業戦略に基づいた育成計画」として経営に位置づけられます。
「事業を伸ばす人事」を北陸から
管理職が機能することは、経営戦略の実行力に直結します。どんなに良い戦略を立てても、現場のマネジメントが機能しなければ成果にはつながりません。
北陸の企業の強みは、技術力と誠実さです。その強みを次の世代に引き継ぐためには、「技術を教える人」だけでなく「人を育てる人」を育てることが欠かせない。管理職育成への投資は、北陸の産業の未来への投資でもあると思っています。
もっと深く学びたい方へ
管理職育成の設計・育成計画の立て方・評価との連動など、実践的なアプローチを体系的に学べる場があります。
人事のプロ実践講座では、北陸を含む地方企業の事例も交えながら、現場で使える育成戦略を学ぶことができます。
採用・育成・評価・制度設計など、人事の幅広いテーマに関する書籍・記事・事例を集めた人事図書館も、日々の実務のヒントになるかもしれません。
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