
制度は作るより「動かす」方が難しい——北陸の人事が制度設計で見落としがちなこと
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制度は作るより「動かす」方が難しい——北陸の人事が制度設計で見落としがちなこと
「就業規則を整備した」「等級制度を作り直した」「新しい育休制度を設けた」——でも、「社員に浸透していない」「管理職が使い方を知らない」「現場での運用が形骸化している」。
こういった状態、心当たりはないでしょうか。制度を設計することに労力をかけたのに、現場で使われていない。人事担当者として、このギャップに疲弊した経験がある方もいるかもしれません。
制度は「作ること」がゴールではなく、「使われること」がゴールです。でも、そこにたどり着くには、設計の段階から「運用」を視野に入れることが必要なのだと思います。
北陸ならではの制度設計・運用の文脈
北陸の企業では、「昔からこうやってきた」という暗黙のルールが色濃く残っていることがあります。就業規則は形式的に整備されているが、実際の運用は「慣習」に基づいている——というケースも少なくありません。
老舗企業ほど、この傾向は強くなりがちです。職人的な文化が根付いている会社では、「制度より関係性でことを決める」という動き方が機能してきた側面もあります。
しかし、世代交代・働き方の多様化・法改正への対応が重なる中で、「暗黙のルールだけに頼る運用」はリスクを高めます。制度を整備することは、会社を守ることでもあります。
なぜ今、制度の設計・運用を見直す価値があるのか
制度が機能しないことのリスクは、いくつかの角度から考えられます。
まずコンプライアンスリスク。残業管理・ハラスメント対応・育休取得——これらへの対応が不十分だと、労務トラブルに発展する可能性があります。一件の労務トラブルが、採用広報への影響・社員の士気低下・法的対応コストに波及することがあります。
次に採用への影響。特に若い世代は「働く環境の整備状況」を重視します。「ここは制度がしっかりしている」と思ってもらえることが、採用競争力につながります。
そして生産性への影響。目標管理・評価・育成の仕組みが整い、運用されていると、社員が「何を目指せばいいか」を理解しやすくなり、自律的な行動が増えます。
実践に向けた3つの視点
視点1:制度を作る前に「誰のための制度か」を確認する
制度設計でありがちなのは、「他社が導入しているから」「法改正があったから」という動機で作り始めることです。
制度は、「誰のために」「どんな課題を解決するために」作るのかが明確でないと、使われない制度になりやすい。「この制度を使う社員はどんな状況にいる人か」「現場の管理職はこれをどう使うか」を想像することが、設計段階で重要です。
コンプライアンス対応として最低限必要なものと、「より良い職場を作るための戦略的な制度」を分けて考えると、優先順位が整理しやすいです。
視点2:「管理職が使える状態」を作ることを制度設計に含める
制度は、現場の管理職が運用の担い手です。人事が設計した制度も、管理職が「使い方を知らない」「面倒だと思っている」状態では機能しません。
制度の導入時に、管理職向けの説明会・勉強会・Q&A対応を設けること。「自分のチームで使う場面」を具体的に想像してもらう場を作ること。これらが、制度を現場に根付かせるために欠かせないプロセスです。
視点3:運用状況を定期的に確認し、改善するサイクルを持つ
制度を作ったら、「使われているか」「使い勝手はどうか」を定期的に確認することが重要です。
年1回の制度レビュー、社員・管理職へのアンケート、実際の制度利用率のデータ収集——こういった「運用確認」のプロセスを持っている企業は、制度が使われ続けます。「作りっぱなし」にしないことが、制度への信頼を育てます。
ある北陸の企業での話
福井県のある中堅メーカーでは、フレックスタイム制度を導入したものの、実際の利用率が極めて低いという状況が続いていました。
人事担当者が管理職にヒアリングをすると、「フレックスを使われると、チームの進捗管理が難しくなる」という不安が出てきました。社員側からは、「申請のやり方がよくわからない」「上司の目が気になって使いにくい」という声も。
そこで人事が取り組んだのは、フレックス利用の「モデルケース」を作ることでした。積極的に使っている社員のエピソードを社内に共有し、管理職向けに「チームでの活用事例」を説明する場を設けました。半年後、利用率は3倍になり、社員満足度の調査でも「働き方の柔軟性」への評価が上がったといいます。
北陸の制度設計で意識したい「働く環境の特殊性」
北陸の企業が制度を設計するとき、地域特有の「働く環境の条件」を考慮に入れることが、制度の実効性を高めます。
冬季の通勤問題:豪雪地帯では、1〜3月の通勤が大きな負担になります。「大雪時のテレワーク特例」「通勤時間の積雪状況による時差出勤の許容」といった制度的な配慮が、社員の安全と生産性の両方に貢献します。「豪雪の日は在宅でいい」というルールの明確化だけでも、社員の不安を軽減できます。まだ明示的なルールがない企業は、この機会に検討してみる価値があります。
車通勤前提の交通費・駐車場対応:北陸では公共交通機関が限られており、多くの社員が車通勤をしています。駐車場の確保・交通費の計算方法・車検費用の補助(一部企業)——こういった「車通勤を前提にした制度設計」が、社員の生活コストと満足度に影響します。
転勤・単身赴任が少ない文化への対応:北陸では地元定着を重視する価値観が強く、「転勤を理由に離職する」ケースが一定数あります。「転居を伴う転勤への対応方針」「単身赴任手当の設計」を明確にしておくことで、転勤辞令をめぐる混乱を防ぎ、社員の心理的安定に寄与します。
季節労働・漁業・農業従事者との兼業:新潟・富山の沿岸部や農村部では、メイン業務と季節的な農漁業を兼業している社員がいる企業もあります。副業・兼業に関するルールを明確にし、必要に応じて兼業を認める制度を整えることが、地域に根ざした人材の定着につながることがあります。
制度の「使われ方」を測る:利用率と満足度を把握する
制度を整備した後に「使われているか」を確認することが、制度の実効性を維持するために重要です。
利用率の測定対象として、有給休暇取得率、育児・介護休業の取得実績、フレックスタイムやテレワークの利用状況などが挙げられます。これらを「部署別」「世代別」に見ると、「制度があるが使われていない部署」や「特定の世代に制度が届いていない」という実態が見えてきます。
満足度の把握には、社員アンケートや制度ごとのフィードバック収集が有効です。「制度の存在を知っているか」「使いやすいと感じているか」「使わない理由は何か」——これらを聞くことで、制度の「設計の問題」なのか「文化・周知の問題」なのかが判別できます。
富山県のある製造業では、育休取得者が出た際に「取得前・取得中・復帰後」のサポートチェックリストを人事が作成し、管理職と共有する仕組みを整えました。「制度があっても、使うプロセスが整っていない」という課題を解決したことで、育休取得への心理的ハードルが下がり、翌年の男性育休取得者数が初めてゼロでなくなったといいます。制度の浸透は、「周知→利用サポート→フィードバック収集→改善」というサイクルで維持されます。
制度設計は「会社と社員の約束の更新」
制度を作ることの本質的な意味を、最後に改めて考えてみたいと思います。
制度は、「会社と社員の間の約束」だと思っています。「うちの会社はこういう働き方を大切にしています」「こういう貢献をしてくれた社員には、こういう形で応えます」——その約束が、就業規則や評価制度や各種福利厚生として形になっています。
北陸の老舗企業には、「長く働いてくれた社員を大切にする」という文化が根付いているところが多いです。その文化を「暗黙の約束」から「明文化された制度」へと移行させることが、世代交代と多様化が進む中での人事の大切な仕事の一つです。
制度は一度作れば終わりではなく、会社の変化・社員の変化・社会の変化に合わせて「更新し続けるもの」です。定期的に制度を見直す場を持ち、「まだこの約束は有効か」「新しい約束が必要ではないか」を経営と人事が対話し続けること——それが、信頼される会社の人事の姿ではないかと思っています。北陸の産業が次の世代に引き継がれていくためにも、制度設計は「会社の文化を形にする作業」として、丁寧に向き合い続けたいものです。
よくある失敗パターン
「就業規則を整備すれば完成」と思ってしまう
就業規則は制度の土台ですが、それだけでは現場の運用は変わりません。「知っている」「使える」「使う文化がある」まで持っていくことが人事の仕事です。
社員への周知が「メール1本」で終わる
制度の導入時に、配布メールだけで浸透を期待するのは難しいです。部門ごとの説明会、FAQの作成、管理職を通じた浸透——複数の接点を設けることが大切です。
問題が起きてから制度を作る
なお、パワーハラスメント防止措置(相談窓口の設置、方針の明示など)は、2022年4月より中小企業を含む全事業者に法的義務として課せられています(労働施策総合推進法)。「問題が起きたら対応する」という姿勢ではなく、義務として最低限の整備を確認しておくことが前提です。その上で、ハラスメント研修・メンタルヘルスケア・相談体制の充実といった「予防的制度設計」に取り組む方が、コストもリスクも小さくなります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的アドバイスではありません。個別の対応については社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
法改正と制度整備:北陸の中小企業が確認すべきポイント
制度設計を考えるとき、「法的に対応しなければならないこと」の確認が出発点になります。北陸の中小企業の人事担当者が近年特に確認すべき主な法改正・義務化のポイントをいくつか整理します。
育児・介護休業法の改正(2022年・2023年施行分):産後パパ育休(出生時育児休業)の創設、育休取得率の公表義務(従業員1,000名超の企業)、育休取得の意向確認・申出しやすい雇用環境の整備義務——これらへの対応が必要です。特に北陸の中小企業では、男性育休の取得率を高めることが、若手採用の競争力向上にもつながります。
パワーハラスメント防止措置の義務化(2022年4月〜中小企業にも適用):相談窓口の設置、方針の明示、社員への周知——これらが法的義務となっています。対応が不十分な場合、労務トラブルに発展するリスクがあります。
同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法):正規・非正規の不合理な待遇差の解消が求められています。北陸の製造業や食品加工業では、パートタイム・季節雇用・派遣社員の比率が高い職場もあり、待遇の見直しが必要なケースがあります。
法改正への対応は「義務だから」という側面が強いですが、適切に対応することで「法的リスクの低減」「社員の安心感の醸成」「採用広報での差別化」という効果も生まれます。社会保険労務士と連携しながら、定期的に「法改正への対応状況の確認」を人事の業務に組み込んでおくことが安心です。
北陸企業の働き方改革:現場の実態に合わせた制度設計
「働き方改革」という言葉は広く浸透しましたが、北陸の現場では「どう実装するか」の難しさが残っています。
製造業の現場では、「残業時間の削減」と「生産量の維持」の両立が課題になることがあります。残業規制に対応するために、業務効率化・工程の見直し・多能工化(一人が複数の工程を担えるようにすること)が並行して必要になります。人事が「残業削減の目標設定」だけでなく、「業務設計・スキル育成の視点でサポートする」役割を担えると、現場との協働が生まれます。
伝統工芸・食品加工の職場では、繁閑差が大きく「年間を通じた均一な働き方」が難しいケースがあります。変形労働時間制の活用、フレックスタイムの季節対応、繁忙期の一時的な人材確保(派遣・アルバイト)の仕組み——こういった「北陸の産業の現実に合わせた制度設計」が、画一的な「働き方改革」より実効性の高いアプローチになることがあります。
新潟・富山・石川の水産・農業関連産業では、漁期・農繁期に合わせた雇用形態の柔軟化が長年の課題です。季節雇用者の処遇改善・技術継承の支援・正規雇用への転換促進——こういった取り組みが、地域の産業の持続可能性につながります。
制度設計は「全社一律」より「産業・職種・季節性に合わせたカスタマイズ」の方が、北陸では機能しやすい場合が多いです。「うちの現場の実態に合った制度にする」というこだわりが、北陸の人事の強みになります。
「事業を伸ばす人事」を北陸から
制度は「会社が何を大切にしているか」を形にしたものでもあります。
北陸の職人文化に根ざした「誠実さ・技術への敬意・長期的な関係性の大切さ」——こういった価値観を制度に反映させることで、「この会社らしい制度」が生まれます。他社のマネではなく、自社の文化に根ざした制度が、社員に受け入れられやすいのではないかと思います。
制度を作ることは、会社と社員の「約束」を作ることです。その約束を守り、更新し続けることが、組織への信頼を積み重ねることにつながります。
もっと深く学びたい方へ
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