北陸の観光・宿泊業が「おもてなし×語学力」を持つ人材をどう育てるか
育成・研修

北陸の観光・宿泊業が「おもてなし×語学力」を持つ人材をどう育てるか

#採用#評価#研修#組織開発#経営参画

北陸の観光・宿泊業が「おもてなし×語学力」を持つ人材をどう育てるか

「外国人のお客様が増えているのに、対応できるスタッフが足りない」「英語での接客はなんとかなるが、中国語や韓国語は手も足も出ない」——北陸の旅館やホテルの支配人から、こうした悩みを聞く機会が増えています。

北陸は、金沢の茶屋街・兼六園、富山の立山黒部アルペンルート、能登の里山里海、福井の永平寺・東尋坊など、国際的にも高い評価を受ける観光資源を持つ地域です。北陸新幹線の開業・延伸以降、国内外からの観光客は増加傾向にあり、特にインバウンド(訪日外国人観光客)の増加は著しいものがあります。

しかし、インバウンドの需要増加に対して、「外国人観光客に対応できる人材」の確保・育成が追いついていない。これは北陸の観光・宿泊業に共通する課題です。

私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、観光・宿泊業の人材育成は「語学力の問題」として語られることが多いものの、実はそれだけでは不十分です。「おもてなしの精神」と「異文化対応力」の両方を備えた人材をどう育てるか——そこに人事の視点が必要です。


インバウンド対応が「経営課題」である理由

インバウンド対応の人材育成を「サービスの質の問題」だけで語るのではなく、「経営課題」として位置づけることが重要です。

インバウンド観光客の客単価は国内観光客と比較して高い傾向があります。宿泊日数が長い、飲食や物販への消費額が大きい、地域の体験型アクティビティへの参加意欲が高い——こうした特性を考えると、インバウンド対応力の向上は「売上の拡大」に直結します。

逆に、インバウンド対応ができないことの機会損失を考えてみます。「外国語対応ができないため、海外の旅行予約サイトに掲載できない」「口コミで低評価がつき、予約が減った」「団体ツアーの受け入れを断らざるを得なかった」——こうした機会損失を金額に換算すれば、人材育成への投資の合理性が見えてきます。

北陸の観光・宿泊業の経営者にとって、「インバウンド対応力は、事業の成長投資である」という認識を持つことが、人材育成の出発点になります。


インバウンド対応に必要な「3つの力」

インバウンド対応人材に求められる能力を整理すると、3つの要素に分けられます。

第一は「語学力」です。英語はもちろん、北陸を訪れる外国人観光客の構成を考えると、中国語(簡体・繁体)、韓国語、フランス語なども重要です。ただし、「完璧な語学力」は必ずしも必要ではありません。「基本的なやりとりができる」「困ったときに対処できる」レベルがまず目標です。

第二は「異文化理解力」です。宗教上の食事制限(ハラール、ベジタリアン、ヴィーガン)、入浴やチップの習慣の違い、コミュニケーションスタイルの違い——こうした文化的な背景を理解し、柔軟に対応する力です。「日本の常識」が「お客様の常識」とは限らないという前提を持つことが大切です。

第三は「おもてなし力」です。北陸の旅館やホテルが持つ「おもてなし」の伝統は、実はインバウンド対応の最大の差別化要因になり得ます。しかし、「おもてなし」を外国人観光客にも伝わる形で表現するには、工夫が必要です。「何をしてほしいか」を先回りして察する日本的なおもてなしは、文化によっては「余計なお世話」と受け取られることもあります。

この3つの力を「掛け算」で育てることが、インバウンド対応人材の育成の本質です。


語学力の育成——「完璧」を目指さず「使える」を目指す

語学力の育成で最も重要なのは、「完璧な語学力」を求めないことです。

観光・宿泊業で必要な語学力は、「日常会話が流暢にできる」ことではなく、「業務に必要なやりとりができる」ことです。チェックイン・チェックアウトの手続き、館内の案内、食事のメニュー説明、周辺観光の案内、緊急時の対応——こうした「場面限定」の語学力を優先的に鍛えることが効果的です。

具体的な育成方法として、いくつかのアプローチがあります。

「接客フレーズ集の作成」は最も即効性がある方法です。自施設のサービスで頻出する英語(および中国語・韓国語)のフレーズを100個程度リスト化し、全スタッフに配布する。チェックイン時、食事提供時、案内時——場面ごとに使うフレーズを整理することで、「この場面ではこう言えばいい」という安心感が生まれます。

「ロールプレイング研修」は、実践力を高める方法です。外国人ゲスト役と接客スタッフ役に分かれて、チェックインからチェックアウトまでの一連のやりとりを練習する。「想定外の質問が来たときにどう対応するか」を経験しておくことで、実際の場面での対応力が上がります。

「多言語ツールの活用」は、語学力のギャップを補完する方法です。翻訳アプリやタブレット端末での多言語メニュー表示、QRコードを使った多言語案内——テクノロジーを活用することで、語学力が十分でないスタッフでも一定レベルの対応が可能になります。

「外国人スタッフの採用」は、語学力の問題を直接解決する方法です。日本語と母国語のバイリンガルスタッフ、あるいは日本語・英語・中国語のトリリンガルスタッフを採用することで、多言語対応力が飛躍的に向上します。


ある金沢の旅館での話

金沢市のある老舗旅館の事例をお話しします。

この旅館は創業80年を超える日本旅館で、伝統的な和のおもてなしに定評がありました。しかし、インバウンド需要の拡大に対応が追いつかず、外国人観光客の受け入れに苦慮していました。

最大の課題は「語学力」でしたが、もう一つの課題は「文化の違いへの戸惑い」でした。畳の上に靴で上がるお客様、大浴場の使い方がわからないお客様、夜遅くまで大声で話すお客様——こうした場面で「どう対応すべきか」が定まっておらず、スタッフがストレスを感じていました。

この旅館に関わった際、最初に取り組んだのは「インバウンド対応マニュアル」の作成でした。「よくある場面」と「その対応方法」を整理し、英語と中国語のフレーズを添えたものです。

しかし、マニュアルだけでは解決しない部分がありました。それは「文化の違いを受け入れる心構え」です。

旅館の女将と話し合い、「うちの旅館は日本の文化を体験していただく場所。でも、お客様の文化も尊重する」という基本方針を全スタッフに共有しました。「靴を脱ぐ文化がない国から来たお客様には、笑顔で丁寧にお伝えする」「大浴場の使い方は入浴前に絵入りの案内を渡して説明する」——こうした「対応の基準」が明確になったことで、スタッフの戸惑いが軽減されました。

さらに、地元の国際交流協会と連携して「異文化理解ワークショップ」を年2回実施しました。北陸に住む外国人を講師に招き、「自分の国から見た日本の旅館」をテーマに話してもらう。スタッフにとって「外国人のお客様がどう感じているか」を知る貴重な機会になりました。

1年後、海外の旅行予約サイトでの評価が改善し、外国人宿泊者数が前年比で増加したとのことです。女将は「完璧な英語が必要だったのではなく、お客様を理解しようとする姿勢が大切だった」と話していました。


「おもてなし」を異文化に伝える技術

北陸の旅館やホテルが持つ「おもてなし」の伝統は、実はインバウンド対応の最大の武器です。しかし、「おもてなし」を異文化のお客様に伝わる形で表現するには、意識的な工夫が必要です。

「見える化」のおもてなしが重要です。日本人のお客様に対しては「言わなくても察する」おもてなしが美徳ですが、異文化のお客様には「何をしているか、なぜしているかを見える形で伝える」方が効果的です。「お布団を敷くのは、日本の伝統的なスタイルです。お好みに合わせて調整しますので、お声がけください」——こうした説明が、サービスの価値を伝えます。

「選択肢を提示する」おもてなしも大切です。「こちらをどうぞ」と一つの提案をするのではなく、「AとBがございますが、どちらがよろしいですか」と選択肢を提示する。自分で選ぶことを好む文化のお客様にとって、「選べること」自体がおもてなしです。

「体験型のおもてなし」は、インバウンド観光客に特に喜ばれます。茶道体験、着物の着付け、和食の調理体験、地元の祭りへの参加——こうした「参加型の体験」を商品化することは、宿泊単価の向上にもつながります。


インバウンド対応の人材育成を「経営数字」で考える

インバウンド対応人材の育成を経営に提案する際、数字で効果を示すことが重要です。

インバウンド対応力の向上による売上効果を試算します。外国人宿泊者の客単価が国内客より高いと仮定した場合、外国人宿泊者数を月10組増やすだけで、年間で相当額の売上増が見込めます。

一方、語学研修、異文化理解ワークショップ、多言語ツールの導入——これらの育成投資コストは、年間で100〜300万円程度で始められます。

「インバウンド対応力への投資○万円によって、外国人売上が○万円増加する」——この計算が成り立てば、育成投資の合理性が説明できます。


地域ぐるみのインバウンド人材育成

インバウンド対応は、個々の施設の取り組みだけでなく、地域全体の対応力として考える視点も重要です。

金沢、富山、福井の観光協会や商工会議所が主催する「インバウンド対応研修」に参加すること。地域の観光施設・飲食店・交通機関との連携で「エリア全体の多言語対応」を進めること。地元の大学の外国語学部や国際系学部との連携でインターンシップを受け入れること——こうした地域ぐるみの取り組みが、北陸全体のインバウンド対応力を底上げします。

北陸の観光地が「外国人にとって訪れやすい地域」としてのブランドを構築できれば、個々の施設の集客にもプラスの波及効果が生まれます。


よくある失敗パターン

「英語ができれば解決する」と考える

語学力は必要条件ですが十分条件ではありません。異文化理解やおもてなしの応用力がなければ、「英語は通じるがサービスが物足りない」という評価になります。

「外国人スタッフに任せれば済む」と考える

外国人スタッフの採用は有効ですが、「外国語対応はあの人の仕事」と丸投げすると、組織全体のインバウンド対応力が育ちません。全スタッフの基礎的な対応力を底上げすることが重要です。

短期的な研修だけで終わらせる

1回の研修で語学力や異文化対応力が身につくわけではありません。日常業務の中で継続的に学べる仕組み(朝礼での英語フレーズ練習、月1回のロールプレイングなど)が定着の鍵です。


「事業を伸ばす人事」を北陸の観光業から

北陸の観光・宿泊業が持つ「おもてなし」の伝統は、世界中からの旅行者にとって唯一無二の体験です。その価値を、言葉と文化の壁を越えて伝えられる人材を育てることは、「人事の仕事」であると同時に「地域のブランドを守る仕事」でもあります。

インバウンド対応は、「特別なスキルを持つ特別な人」だけの仕事ではありません。「おもてなしの心を持ったスタッフが、少しの語学力と異文化理解を身につけること」で、大きな変化が生まれます。

その「少し」を組織的に育てる仕組みを作ること。それが、北陸の観光・宿泊業の人事に求められている役割ではないかと思います。

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