金沢の広告企業がクリエイティブ人材を確保する方法
評価・等級制度

金沢の広告企業がクリエイティブ人材を確保する方法

#採用#評価#組織開発#経営参画#キャリア

金沢の広告企業がクリエイティブ人材を確保する方法

「デザイナーが辞めると、プロジェクトが止まる。でも金沢で腕の良いデザイナーを採るのは、本当に難しい」——金沢市のある広告制作会社の代表が、深いため息をつきながらそう話していたことがあります。

金沢は、伝統工芸と現代アートが共存する独特の文化都市です。21世紀美術館、兼六園周辺の文化施設、東山や主計町の歴史的街並み——こうした環境がクリエイティブな感性を刺激する土地であることは間違いありません。近年は、IT企業やデザイン事務所の金沢進出も増え、クリエイティブ産業の集積が進んでいます。

しかし、金沢の広告企業にとって、クリエイティブ人材の確保は深刻な経営課題です。グラフィックデザイナー、Webデザイナー、コピーライター、映像クリエイター——こうした専門人材は絶対数が少なく、首都圏の大手広告代理店やWeb制作会社との獲得競争にさらされています。

私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、クリエイティブ人材の確保は「報酬を上げれば解決する」という単純な問題ではないと感じています。クリエイティブ人材が求めているのは、報酬だけではなく、「良い仕事ができる環境」「成長の機会」「クリエイティブへのリスペクト」——これらが複合的に作用しています。


金沢の広告企業が直面するクリエイティブ人材の課題

金沢の広告企業がクリエイティブ人材の確保に苦労している背景には、いくつかの構造的な要因があります。

第一に、人材プールの小ささです。金沢には金沢美術工芸大学という国内有数の美大がありますが、卒業生の多くは東京や大阪の企業に就職します。地元に残るクリエイターの絶対数が限られている中で、複数の企業が同じ人材を取り合う状況が生まれています。

第二に、報酬水準の格差です。首都圏の広告代理店やIT企業と比較して、金沢の広告企業が提示できる報酬水準には差があります。フリーランスとして活動するクリエイターとの報酬競争も激しくなっています。

第三に、クリエイティブの仕事への理解不足です。クライアント企業や社内の営業担当者が、デザインやコピーライティングの価値を十分に理解していない場合、クリエイターは「自分の仕事が軽視されている」と感じます。「もっと安くできないか」「とにかく早く」——こうした要求が繰り返されると、クリエイターのモチベーションは低下します。

第四に、キャリアパスの見えにくさです。「デザイナーとしてこの先どうなれるのか」が見えない状態は、転職の動機になります。特に、クリエイティブディレクターやアートディレクターへのステップアップが社内に存在しない場合、成長意欲のあるクリエイターほど外に目を向けます。

第五に、クリエイティブの質を評価する仕組みの不在です。営業であれば売上という明確な指標がありますが、クリエイティブの仕事の質を適切に評価する仕組みがない企業が多いです。「たくさん作った人が評価される」という量的評価に偏ると、質にこだわるクリエイターが報われません。


クリエイティブ人材を確保する5つの戦略

戦略1:「金沢で働く価値」を明確に打ち出す

金沢の広告企業が首都圏と「報酬」で勝負するのは困難です。しかし、「金沢で働くことの価値」は十分な差別化要因になります。

通勤ストレスの少なさ、生活コストの低さ、文化的な刺激の豊かさ、クリエイティブの仕事と生活の距離の近さ——金沢の生活環境は、クリエイターにとって大きな魅力です。

「東京で月15万円の1LDKに住みながら満員電車で通勤する生活」と「金沢で月8万円の2LDKに住みながら自転車で通勤し、休日は21世紀美術館で刺激を受ける生活」——この比較を具体的に示すことが、採用メッセージとして機能します。

「金沢だからこそできるクリエイティブ」を打ち出すことも有効です。伝統工芸とデジタルの融合、地方創生プロジェクトへの参画、北陸の観光・食・文化をテーマにしたクリエイティブ——こうした「金沢でなければできない仕事」の存在が、クリエイターの心を動かします。

戦略2:クリエイティブの評価制度を設計する

クリエイティブ人材を適切に評価し、処遇に反映する仕組みを作ることが、定着の基盤です。

「作品の質」「クライアントの満足度」「チームへの貢献」「新しい手法への挑戦」——こうした多面的な評価項目を設け、クリエイティブの仕事の価値を可視化します。

ポートフォリオレビューを評価プロセスに組み込むことも効果的です。半年に1回、クリエイターが自分の作品をプレゼンテーションし、上司やクリエイティブディレクターからフィードバックを受ける場を設けます。「自分の仕事が正当に見られている」という実感が、評価への納得感を生みます。

戦略3:キャリアパスを「複線化」する

クリエイターのキャリアパスを、「マネジメント」と「スペシャリスト」の2つの道筋で設計します。

マネジメントコースは、クリエイティブディレクター→部門長→経営幹部というライン。スペシャリストコースは、シニアデザイナー→エキスパートデザイナー→フェロー(社内最高位のクリエイター)という専門職ラインです。

「管理職にならなくても、クリエイティブのスキルを磨き続けることで処遇が上がる」——この設計が、「ずっとクリエイティブの現場にいたい」というクリエイターの希望に応えます。

戦略4:学びと刺激の機会を組織的に提供する

クリエイターは「新しい刺激」を常に求めています。社内に閉じた環境では、クリエイティブが停滞し、外に出たいという欲求が高まります。

セミナーや勉強会への参加費の補助、デザインツールの最新版の導入、業界のカンファレンスへの派遣、社外のクリエイターとの交流機会——こうした「学びと刺激」への投資が、クリエイターの知的好奇心を満たし、社内にとどまる動機になります。

金沢の特性を活かした取り組みも考えられます。伝統工芸の職人とのコラボレーションワークショップ、金沢美術工芸大学の教員や学生との交流会、北陸のクリエイター同士のネットワーキングイベント——こうした「金沢ならでは」の学びの場が、クリエイターの満足度を高めます。

戦略5:多様な雇用形態で人材の幅を広げる

正社員として常勤するクリエイターだけでなく、フリーランスとの業務委託、副業人材の活用、リモートワークによる遠隔地の人材の取り込み——多様な雇用形態を組み合わせることで、人材プールを拡大できます。

「週3日は金沢のオフィスで、週2日はリモート」「月の半分は東京、半分は金沢」——こうした柔軟な働き方を許容することで、「金沢に完全移住はできないが、金沢の仕事には興味がある」という層にもアプローチできます。

フリーランスのクリエイターとのネットワークを構築し、プロジェクトベースで協業する体制を作ることも有効です。繁忙期の対応力が上がるだけでなく、外部クリエイターとの交流が社内のクリエイティブの質を刺激する効果もあります。


ある金沢の広告制作会社がクリエイティブ人材を確保した話

金沢市のある広告制作会社の事例をお話しします。

この企業は社員数20名のクリエイティブエージェンシーで、グラフィックデザイン、Web制作、映像制作を手がけていました。クリエイティブ職の社員は12名でしたが、2年間でデザイナー4名が離職し、プロジェクトの遂行に支障が出ていました。

離職者へのヒアリングでは、「キャリアの先が見えない」「デザインの質より納期とコストを優先される」「新しいことを学ぶ余裕がない」が主な理由でした。

対策として、まずクリエイティブ職専用の等級制度を設計しました。ジュニアデザイナー→デザイナー→シニアデザイナー→アートディレクターの4段階で、各等級の要件を「スキル」「作品の質」「チームへの貢献」の3軸で定義しました。等級ごとの報酬レンジを公開し、「何を達成すれば次の等級に上がるか」を明確にしました。

次に、半年に1回の「ポートフォリオレビュー」を導入しました。クリエイターが自分の半年間の作品をプレゼンし、代表とアートディレクターからフィードバックを受ける場です。「この部分が素晴らしい」「ここはもっとこうできたのでは」——質の高いフィードバックが、クリエイターの成長欲求を満たしました。

さらに、月に1日の「クリエイティブデー」を設けました。クライアントワークから離れて、自分の作りたいものを作る、新しいツールを試す、他のクリエイターの作品を研究する——自由に使える1日です。この日に作った作品を社内で共有する文化が生まれ、クリエイティブの質が底上げされました。

採用面では、「金沢クリエイティブライフ」というコンセプトの採用サイトを制作し、社員の一日のスケジュールや金沢での暮らしぶりを発信しました。金沢美術工芸大学との連携を強化し、インターンシップの受け入れを毎年実施するようにしました。

2年間でこれらの施策を実施した結果、離職者はゼロになり、新たに3名のクリエイターの採用に成功しました。うち1名は東京の大手代理店からのIターン転職で、「金沢の生活環境とクリエイティブへのリスペクトに惹かれた」と話していました。


クリエイティブの価値を社内外に伝える

クリエイティブ人材の確保と定着において見落とされがちなのが、「クリエイティブの仕事の価値を社内に理解してもらう」ことです。

営業部門が「デザインなんて見た目を整えるだけでしょ」と考えている状態では、クリエイターは「自分の仕事が軽視されている」と感じます。デザインがクライアントのブランド価値にどう貢献しているか、コピーライティングが売上にどう影響しているか——クリエイティブの経済的な価値を社内に可視化する取り組みが必要です。

「このデザインリニューアルの後、クライアントのWebサイトの問い合わせが○%増加した」「このパッケージデザインの変更後、店頭での売上が○%向上した」——こうした実績を社内で共有することで、クリエイティブへのリスペクトが醸成されます。


クリエイティブ人材確保を「経営数字」で語る

クリエイティブ人材の確保・定着への投資を経営に提案するとき、数字で語ることが重要です。

デザイナー1名の離職・再採用コストを試算します。採用コスト(求人広告・エージェント手数料)が50〜150万円、入社後の立ち上がり期間(3〜6ヶ月)の生産性損失が100〜200万円、離職中のプロジェクト遅延コストが推定100〜300万円——合計で1名の離職あたり250〜650万円のコストが発生します。

定着施策への年間投資(評価制度の整備、クリエイティブデーの運用、学びの機会の提供)が200〜300万円だとすれば、デザイナー1名の離職を防ぐだけで投資を回収できます。


よくある失敗パターン

「報酬を上げれば残る」と考える

クリエイターの離職理由は報酬だけではありません。クリエイティブの質への評価、成長の機会、キャリアの見通し——これらが不十分であれば、報酬を上げても離職は止まりません。

クリエイターに「営業もやって」と兼務を求めすぎる

小規模な広告企業では、デザイナーがクライアント対応から制作まですべてを担うことがあります。しかし、クリエイティブに集中できない環境は、クリエイターの不満を高めます。「得意なことに集中できる」役割分担が、クリエイターの満足度と成果の質を高めます。

社内にクリエイティブの評価ができる人がいない

クリエイティブの仕事を評価するには、その分野の専門的な知見が必要です。営業成績と同じ基準でクリエイターを評価しようとすると、不公平感が生まれます。外部のクリエイティブディレクターをアドバイザーとして招くことも一つの方法です。


「事業を伸ばす人事」を金沢のクリエイティブ産業から

金沢の広告企業にとって、クリエイティブ人材は事業の根幹を支える存在です。デザイナーやコピーライターの質が、そのまま企業の競争力に直結します。

クリエイティブ人材の確保は、「採る」だけでなく「育てる」「留まってもらう」「活躍してもらう」の全体を設計する取り組みです。金沢という都市が持つ文化的な魅力を活かしながら、クリエイターが「ここで良い仕事ができる」と感じる環境を作ること。その設計が、金沢のクリエイティブ産業の未来を左右するのではないかと思います。

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