
北陸の建設業が「人手不足は仕方ない」を乗り越えるために、人事の視点でできること
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北陸の建設業が「人手不足は仕方ない」を乗り越えるために、人事の視点でできること
「若い人が入ってこない。このままだと10年後に現場が回らなくなる」——北陸の建設会社の経営者からよく聞く言葉です。
建設業の人手不足は全国的な課題ですが、北陸には北陸特有の事情があります。豪雪地帯ゆえの冬季の工事制約、北陸新幹線関連工事の一段落後の需要変動、災害復旧工事への対応、高齢化が進む技能労働者の大量退職——こうした複合的な要因が重なり、北陸の建設業は「人が足りない」状態が常態化しています。
しかし、「人手不足は仕方ない」「業界全体の問題だから個社では解決できない」と諦めている企業と、「自社にできることから取り組んでいる」企業の間には、数年後に大きな差が開くのではないかと感じています。
私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、建設業は「人事戦略の不在」が最も大きなリスクになっている業界の一つだと思っています。逆に言えば、人事の視点を本格的に取り入れることで、競合との差別化ができる余地が大きい業界です。
北陸の建設業の人手不足を「数字」で理解する
建設業の人手不足を「感覚」ではなく「数字」で把握することから始めます。
建設業就業者の高齢化は顕著です。全国の建設技能労働者のうち、55歳以上が約35%を占める一方、29歳以下は約12%に留まっています。北陸でもこの傾向は同様であり、今後10年間で大量のベテラン技能者が退職する見通しです。
北陸三県の建設業の有効求人倍率は、他業種と比較して高い水準にあります。特に型枠大工、鉄筋工、とび工などの技能職は慢性的な人材不足です。
一方で、北陸には特有の建設需要があります。インフラの維持管理・更新、雪害対策工事、自然災害からの復旧、北陸新幹線関連の残工事——こうした需要は今後も継続的に発生します。
「需要はあるのに、人がいない」——この状態が続くと、受注機会の逸失、工期の遅延、品質リスクの増大、既存社員の過負荷と離職という悪循環に陥ります。
人事が最初にすべきは、「自社の年齢構成と退職見込み」を数字で可視化することです。「今後5年間で何名が定年退職するか」「その人たちが持つ技能は誰に引き継がれているか」「採用が現在のペースで続いた場合、5年後の人員構成はどうなるか」——こうしたシミュレーションが、対策の緊急度を経営に伝える材料になります。
若手が建設業を選ばない理由に正面から向き合う
若手が建設業を敬遠する理由は、業界の中にいる人にとっては耳が痛い話かもしれませんが、正面から向き合う必要があります。
「3K(きつい・汚い・危険)のイメージ」が根強いことは否定できません。建設現場は体力的に厳しく、天候に左右され、危険と隣り合わせの仕事です。このイメージを一朝一夕に変えることは難しいですが、「実態として改善している部分」を正確に伝えることはできます。
「長時間労働」は、建設業の若者離れの大きな要因です。2024年4月からの建設業への時間外労働上限規制の適用により、制度的には改善の方向に向かっていますが、現場レベルでの実態はまだ道半ばです。
「給与の見通しの不透明さ」もあります。日給月給制の現場が多い建設業では、天候や現場の状況によって月収が変動します。「安定した収入」を求める若者にとって、この不確実性はハードルになります。
「キャリアパスの不明確さ」も課題です。「何年頑張れば、どのくらいの待遇になれるか」が見えない状態では、長期的にこの業界で働くイメージを持ちにくいです。
これらの課題に対して、「業界の問題だから仕方ない」と済ませるか、「自社でできる改善に取り組む」かが、採用の分岐点です。
「選ばれる建設会社」になるための5つの人事施策
施策1:働き方改革を「本気で」進める
建設業の働き方改革は、法令対応だけでなく、採用競争力の向上のためにも不可欠です。
週休2日制の実現は、若手採用の最低条件になりつつあります。「4週8閉所」(4週間で8日間現場を閉める)を目標に工期設定を見直す。発注者との交渉で適正な工期を確保する。これらは経営判断を伴いますが、「週休1日の会社には若い人は来ない」という現実を受け入れる必要があります。
残業時間の削減については、ICT施工の導入、施工管理アプリの活用、現場事務所でのペーパーレス化など、テクノロジーによる効率化が有効です。「限られた時間で生産性を上げる」という発想への転換が求められます。
施策2:報酬と処遇の見直し
建設業の報酬水準は、他業種と比較して決して低くはありませんが、「安定性」と「見通し」に課題があります。
日給月給制から月給制への移行は、若手の安定志向に応える改善です。「雨で現場が止まっても給与が減らない」という安心感は、採用時の大きなアピールポイントになります。
資格取得手当や技能手当を充実させることで、「スキルアップが給与に直結する」というメッセージを伝えられます。1級土木施工管理技士、1級建築施工管理技士などの国家資格取得を支援し、取得後に手当を上乗せする仕組みは、多くの建設会社で導入可能です。
施策3:キャリアパスの「見える化」
入社から5年後、10年後にどのような立場でどのような仕事をしているか——このキャリアパスを明示することが、若手の不安を解消します。
現場作業員→職長→主任技術者→現場所長→工事部長——こうしたキャリアの階段を可視化し、「各段階で何ができるようになれば次に進めるか」を明確にする。資格取得とキャリアアップの連動を制度化することで、「頑張れば報われる」という実感を持ってもらえます。
施策4:教育・育成の体系化
建設業の技能教育は「現場で覚える」が基本ですが、それだけでは育成に時間がかかりすぎます。
入社時の基礎研修(安全教育、基本工具の使い方、図面の読み方)を体系化する。2〜3年目に中級研修(施工管理の基礎、品質管理の考え方)を実施する。資格取得のための学習支援プログラムを用意する——こうした段階的な教育体系があることで、若手の成長が加速します。
富山県のある建設会社では、「新入社員向け100日研修プログラム」を導入していました。最初の100日間は現場作業を行いながら、週に半日は座学研修の時間を確保する。安全管理、測量、品質検査の基礎を体系的に学ぶことで、100日後には「一人で基本的な作業指示を理解し、安全に作業できる」レベルに到達させる。このプログラムの導入後、若手の1年以内離職率が大きく改善したといいます。
施策5:ICT・DXによる「新しい建設業」の姿を見せる
ICT施工(ドローン測量、3Dモデリング、遠隔施工管理など)は、建設業の「3Kイメージ」を変える力を持っています。
「建設業は体力勝負」というイメージに対して、「テクノロジーを使って効率的に建設する」という新しいイメージを提示することは、理系の若者にとって魅力的に映る可能性があります。
ドローンを飛ばして測量する、BIM/CIMで3Dモデルを作成する、タブレットで施工管理する——こうした「テクノロジーと現場の融合」を採用広報で見せることが、IT世代の若者にリーチする手段になります。
ある石川の建設会社での話
石川県のある中堅建設会社の事例をお話しします。
この会社は、土木工事を主力事業とする社員数80名ほどの企業でした。技能労働者の平均年齢が52歳に達し、「5年後には現場を回せなくなる」という危機感を経営者が持っていました。
しかし、新卒採用は毎年苦戦し、高校・高専からの採用が年1〜2名にとどまっていました。中途採用も「建設業経験者」の応募がほとんどなく、人手不足は深刻化するばかりでした。
この会社に関わったとき、最初に取り組んだのは「なぜ人が来ないか」の分析でした。地元の工業高校の進路指導担当に話を聞くと、「建設業に行きたいという生徒はいるが、御社の名前が出てこない。大手ゼネコンの下請けというイメージが強く、待遇や将来性が見えない」という率直な回答をもらいました。
ここから、いくつかの施策を段階的に実施しました。
まず、「完全週休2日制」への移行を2年計画で実施しました。工期の見直しと発注者との交渉を経営者自らが行い、「週休2日でも工事が回る」体制を構築しました。
次に、給与体系を「日給月給制」から「月給制」に変更しました。雨天で現場が止まっても給与が変わらない安心感は、採用面談での大きなアピールポイントになりました。
そして、ICT施工の積極的な導入を進めました。ドローン測量、3D施工管理、タブレットでの現場報告——これらを導入し、その様子を採用用のYouTubeチャンネルで発信しました。「ドローンを飛ばす建設会社」というフレーズは、高校生の興味を引いたようです。
さらに、地元の工業高校でのインターンシップ受け入れと「建設業体験授業」の出前講義を始めました。若手社員が母校に行き、「自分の仕事のやりがい」を語る。この活動が、3年後の新卒採用に直結しました。
結果として、3年間で新卒採用が年1〜2名から年4〜5名に増え、中途採用でも「ICT施工に興味がある」という理由で応募してきた30代の技術者の採用に成功しました。
女性技術者の活躍促進
建設業の人手不足を解消するためには、女性の活躍促進も重要な視点です。
建設業における女性の就業者比率は他業種と比較して低い水準にありますが、近年は「けんせつ小町」(日建連の女性活躍推進活動の愛称)などの取り組みにより、女性技術者が増えつつあります。
北陸の建設会社が女性技術者を受け入れるためには、いくつかの環境整備が必要です。
現場のトイレ・更衣室の整備は最低限の条件です。「女性用のトイレがない現場には行けない」——こうした物理的な障壁を取り除くことが第一歩です。
育児・出産との両立支援も重要です。産休・育休の取得実績を作り、復帰後の柔軟な勤務形態(内勤での施工管理、設計業務への配置など)を用意する。
「女性が活躍している事例」を社内外に発信することも、次の女性候補者を惹きつける力になります。
外国人材の活用と定着
建設業の人手不足対策として、外国人材の活用は避けて通れないテーマです。
特定技能制度や技能実習制度を通じて、北陸の建設業でも外国人材が増えています。しかし、「労働力として使う」のではなく、「チームの一員として活躍してもらう」という姿勢が、長期的な人材確保の鍵になります。
日本語教育の支援、安全教育の多言語化、文化的な配慮(食事、宗教的な慣行)、生活面のサポート——こうした取り組みを丁寧に行うことで、外国人材の定着率が向上します。
定着した外国人材が「日本の建設技術を母国に伝える」というキャリアの発展も見据えると、人材育成の質が変わってきます。「ただ人手を埋める」のではなく、「互いに学び合う関係」を築くことが理想です。
人手不足対策を「経営数字」で語る
人手不足対策への投資を経営に提案するとき、数字で語ることが説得力を持ちます。
技能労働者1名の離職・未充足のコストを試算します。受注機会の逸失(人手不足で受けられなかった工事の粗利)、既存社員への残業増加コスト、外注費の増加(自社で施工できない分を外注に出す場合のマージン)——これらを合計すると、1名の人手不足が年間で数百万円のコストにつながることが見えてきます。
一方、週休2日制への移行、月給制への変更、ICT導入、育成体系の整備——これらの投資コストと、それによる採用改善・定着向上の効果を比較すれば、「人事施策は経営投資として合理的」であることが説明できます。
「人手不足で工事が受けられない」という機会損失は、経営者が最も敏感に感じるポイントです。「人事施策への投資○万円によって、受注余力が○件分増える」という計算が成り立てば、投資の合意を得やすくなります。
よくある失敗パターン
「給与を上げれば人が来る」と短絡的に考える
報酬は重要ですが、建設業の若者離れの原因は給与だけではありません。働き方、キャリアパス、仕事の魅力——総合的な改善なしに、給与だけ上げても効果は限定的です。
「ICTを入れれば解決する」と手段ありきで考える
ICT施工は効率化の手段ですが、人事の問題をすべて解決するわけではありません。テクノロジーの導入と、人事制度・組織文化の改善を並行して進めることが重要です。
「建設業だから仕方ない」と諦める
業界全体の課題であっても、個社レベルでできることは多くあります。「他社がやらないこと」に取り組む企業が、採用市場で差別化できます。
「事業を伸ばす人事」を北陸の建設業から
北陸の建設業が担う役割——インフラの維持管理、災害からの復旧、地域の発展を支える建設——は、社会にとって不可欠なものです。その役割を果たし続けるためには、人材の確保と育成が経営の最優先課題になります。
人手不足は「外部環境の問題」ですが、その環境の中でどう動くかは「経営と人事の判断」です。働き方を変え、報酬を見直し、キャリアパスを示し、教育を体系化し、テクノロジーを活用する——こうした取り組みを一つひとつ積み重ねることで、「この会社で建設の仕事がしたい」と思ってもらえる企業になれるはずです。
北陸の建設業から「人が集まる会社」が生まれること。それが、地域のインフラと暮らしを支える基盤になるのではないかと思います。
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