
北陸の企業が「暗黙知」を形式知に変える方法
目次
- 暗黙知と形式知の違い
- なぜ暗黙知の形式知化が急務なのか
- 理由1:ベテラン社員の退職が迫っている
- 理由2:若手社員への技術伝承が追いついていない
- 理由3:属人的な業務が経営リスクになる
- 暗黙知を形式知に変える4つの方法
- 方法1:ベテランへの「インタビュー」
- 方法2:「師弟制度」の設計
- 方法3:「作業標準書」の作成
- 方法4:「動画マニュアル」の作成
- 暗黙知の形式知化が難しい理由と対策
- 難しさ1:ベテラン自身が自覚していない
- 難しさ2:言語化が困難
- 難しさ3:ベテランが協力的でない
- 人事部門の役割
- 役割1:全社的な推進体制の構築
- 役割2:評価制度への反映
- 役割3:計画的な人材配置
- 形式知化の優先順位のつけ方
- 優先度の判断基準
- 形式知化の進捗管理
- まとめ
北陸の企業が「暗黙知」を形式知に変える方法
「ベテランの金型職人が来年定年を迎えます。彼の技術は社内で誰にも引き継がれていない。正直、どうすればいいのかわかりません」——富山県のある金属加工メーカーの工場長から、切実な相談を受けたことがあります。
北陸は製造業の集積地です。金属加工、機械部品、化学素材、繊維——さまざまな分野で高い技術力を持つ企業が数多くあります。そして、その技術力の多くは、ベテラン社員の「暗黙知」——つまり、言葉や文書にされていない経験と勘に支えられています。
暗黙知は、本人が意識していないことも多い知識です。「なぜその温度で加工するのか」と聞くと、「長年やっていると体でわかる」と返ってくる。この「体でわかる」部分が暗黙知です。
私は、暗黙知の形式知化は北陸の企業にとって最も緊急度の高い人事課題の一つだと考えています。ベテラン社員の大量退職が目前に迫る中、暗黙知が失われれば、製品の品質や生産性に直接的な打撃を受けます。これは人事部門だけの問題ではなく、事業の存続に関わる経営課題です。
この記事では、北陸の企業が暗黙知を形式知に変えるための考え方と具体的な方法をお伝えします。
暗黙知と形式知の違い
まず、暗黙知と形式知の違いを整理します。
暗黙知とは、個人の経験や直感に基づく知識で、言葉や文書にすることが難しいものです。「なんとなくわかる」「体が覚えている」「勘で判断する」——こうした表現で語られることが多い知識です。
形式知とは、言葉、数字、図表などで表現され、共有可能な知識です。マニュアル、手順書、設計図、データベース——こうした形で記録された知識です。
暗黙知の例としては、以下のようなものがあります。
- 機械の微妙な振動で異常を察知する能力
- 材料の色や手触りで品質を判断する技術
- 顧客との交渉で落としどころを見極める感覚
- 部下の表情から不調を察知するマネジメント力
- 設備のトラブル時に最適な対処法を瞬時に判断する力
これらは、本を読んで身につけられるものではありません。長年の経験を通じて蓄積された知識です。
なぜ暗黙知の形式知化が急務なのか
理由1:ベテラン社員の退職が迫っている
北陸の製造業では、団塊の世代に続く50代後半から60代の社員が多く在籍しています。今後5〜10年の間に、大量のベテラン社員が定年を迎えます。彼らが持つ暗黙知が失われれば、技術の断絶が起きます。
理由2:若手社員への技術伝承が追いついていない
少子化の影響で若手社員の採用が難しくなり、ベテランと若手の年齢差が大きくなっています。「隣で見て覚える」という従来の技術伝承が機能しにくい環境になっています。
理由3:属人的な業務が経営リスクになる
特定の社員しかできない業務は、その社員が休んだだけで止まります。これは品質問題、納期遅延、顧客の信頼喪失につながる経営リスクです。
福井県のある繊維メーカーでは、染色技術のベテラン社員が突然入院した際、その社員にしかできない色合わせの工程が停止し、2週間の納期遅延が発生しました。これをきっかけに、暗黙知の形式知化に本格的に取り組み始めたそうです。
暗黙知を形式知に変える4つの方法
方法1:ベテランへの「インタビュー」
最も基本的な方法は、ベテラン社員に対して体系的なインタビューを行い、その知識を言語化することです。
インタビューのポイントは以下の通りです。
具体的な場面を聞く 「品質管理のコツは?」と抽象的に聞いても、ベテランは答えにくいものです。代わりに、「この製品で不良が出た時、最初にどこを確認しますか?」「材料を触った時に、良い材料と悪い材料の違いをどう感じますか?」など、具体的な場面を想定して質問します。
「なぜ」を深掘りする ベテランの行動の裏にある「理由」を引き出します。「なぜその順序で作業するのですか」「なぜその温度にするのですか」——理由がわかれば、応用も効きます。
実演してもらいながら聞く 言葉だけでは伝わらない知識は、実際にやってもらいながら聞きます。作業の手元を動画で撮影し、後から説明を付け加えることも効果的です。
石川県のある機械メーカーでは、ベテラン旋盤工の作業を3ヶ月にわたって動画撮影し、各工程についてインタビューを行いました。その結果、ベテラン自身も意識していなかった「微調整のコツ」が数十項目にわたって言語化されたそうです。
方法2:「師弟制度」の設計
ベテラン社員と若手社員をペアにし、一定期間にわたって技術を伝承する仕組みです。OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の一種ですが、より体系的に設計します。
師弟制度の設計ポイントは以下の通りです。
- 伝承する知識・スキルを事前にリスト化する:「何を教えるか」を明確にする
- 伝承のスケジュールを設定する:「いつまでに、どのレベルまで」を目標として設定する
- 若手が「学習ノート」を記録する:学んだことを若手自身が言語化して記録する
- 定期的に進捗を確認する:人事担当者や上長が、伝承の進捗を定期的に確認する
方法3:「作業標準書」の作成
暗黙知を含む作業工程を標準化し、文書化する方法です。
作業標準書は、以下の要素を含みます。
- 作業の目的
- 必要な道具・材料
- 作業手順(ステップごとに詳細に記載)
- 各ステップでの注意点・コツ(ベテランの暗黙知を反映)
- よくある失敗とその対処法
- 品質の判断基準(可能な限り数値化)
重要なのは、「コツ」や「注意点」の部分にベテランの暗黙知を盛り込むことです。通常のマニュアルには「温度を○○度に設定する」としか書かれていませんが、ベテランの知識を加えると「温度は○○度に設定するが、湿度が高い日は○○度まで下げる。材料の表面にうっすら結露が見える場合はさらに○○度下げる」のように、具体的で実践的な記述になります。
方法4:「動画マニュアル」の作成
言葉では伝えにくい暗黙知——特に手作業の技術やの微妙な感覚——は、動画で記録することが効果的です。
動画マニュアルの作成手順は以下の通りです。
- ベテラン社員の作業を複数のアングルから撮影する
- 撮影した動画を見ながら、ベテランに解説を依頼する
- 解説の内容をテロップやナレーションとして動画に追加する
- 完成した動画を社内で共有・蓄積する
富山県のある鋳造メーカーでは、ベテラン職人の作業を300本以上の動画に記録しました。「先輩が退職した後も、動画を見返すことで思い出せる。まるで先輩がそこにいるみたいだ」と若手社員が話しているそうです。
暗黙知の形式知化が難しい理由と対策
難しさ1:ベテラン自身が自覚していない
暗黙知の多くは、ベテラン本人が「当たり前」と思っていることです。「特別なことはしていない」「みんな同じようにやっている」——こう言われることが多いのですが、実際には他の人にはできない高度な判断をしています。
対策としては、若手社員がベテランの作業を観察し、「自分にはできないこと」「自分とベテランの違い」をリストアップする方法が有効です。ベテラン自身では気づけない暗黙知を、若手の目で発見するのです。
難しさ2:言語化が困難
「手の感覚でわかる」「音で判断する」——五感に基づく暗黙知は、言語化が特に困難です。
対策としては、数値化できる部分は数値化し、数値化できない部分は動画や写真で記録する。そして、「正常な状態」と「異常な状態」の比較を示すことで、判断基準を共有します。
難しさ3:ベテランが協力的でない
「自分の技術は長年かけて身につけたものだ。簡単には教えられない」「自分がいなくなったら困るだろう。それが自分の存在価値だ」——こうした意識から、暗黙知の共有に消極的なベテランもいます。
対策としては、暗黙知を共有することの意義を丁寧に説明し、ベテランの貢献を評価する仕組みを設けることが大切です。例えば、「技術伝承マイスター」のような称号を設け、技術伝承に貢献したベテランを表彰する企業もあります。
人事部門の役割
暗黙知の形式知化は、技術部門や現場が主体で取り組むべきテーマです。しかし、人事部門にも重要な役割があります。
役割1:全社的な推進体制の構築
暗黙知の形式知化を「全社的な取り組み」として位置づけ、推進体制を構築します。各部門に推進担当者を置き、進捗を管理する仕組みをつくります。
役割2:評価制度への反映
技術伝承に貢献したベテラン社員を評価する仕組みを評価制度に組み込みます。「後進の育成」を評価項目として明示することで、ベテランの協力を引き出しやすくなります。
役割3:計画的な人材配置
暗黙知を持つベテラン社員の退職時期を把握し、その知識を引き継ぐ後継者を計画的に配置します。退職の1〜2年前から引き継ぎを開始できるよう、人事配置を先手で進めます。
形式知化の優先順位のつけ方
すべての暗黙知を同時に形式知化することは現実的ではありません。優先順位をつけて取り組むことが重要です。
優先度の判断基準
以下の3つの基準で優先度を判断します。
- 代替不可能性:そのスキルを持つ社員が一人だけの場合は最優先
- 退職時期の近さ:定年退職が1〜2年以内に迫っている場合は緊急
- 事業への影響度:そのスキルが失われた場合の事業への影響が大きいものを優先
石川県のある自動車部品メーカーでは、この3つの基準でスコアリングし、最も優先度の高い10項目から着手しました。「全部をやろうとすると手が止まる。まず10項目と決めたことで、着実に進められた」と人事マネージャーは話しています。
形式知化の進捗管理
形式知化の進捗を「見える化」する仕組みも重要です。どのスキルについて、どこまで形式知化が進んでいるかを一覧表で管理し、定期的に進捗を確認します。
まとめ
暗黙知の形式知化は、北陸の製造業にとって喫緊の課題です。ベテラン社員が持つ貴重な知識と技術が、退職とともに失われるリスクが目前に迫っています。
インタビュー、師弟制度、作業標準書、動画マニュアル——方法は複数あります。自社の状況に合った方法を選び、一つずつ取り組んでいくことが大切です。すべてを一度に形式知化する必要はありません。「最も失われたら困る知識」から優先的に取り組むことをお勧めします。
まずは、「自社で最も属人的な業務は何か」「その業務を担っているベテランはいつ退職するか」を把握するところから始めてみてください。危機感が明確になれば、行動も始まります。
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