
北陸の医療・介護施設が「ここで働き続けたい」と思われる職場をつくるために
目次
北陸の医療・介護施設が「ここで働き続けたい」と思われる職場をつくるために
「採用しても辞める。辞めるから採用する。この繰り返しです」——石川県のある介護施設の人事担当者が、疲れた表情で語っていた言葉が印象に残っています。
医療・介護業界の人手不足は全国的な課題ですが、北陸三県(富山・石川・福井)にも深刻な影響が及んでいます。高齢化率が全国平均並みかそれ以上に進行する中で、医療・介護サービスの需要は増え続ける一方、供給側の人材確保は追いついていません。
しかし、この状況を「業界の宿命」として受け入れてしまうのではなく、「自施設にできること」に目を向ける施設が、少しずつ変化を生み出しています。その変化の鍵は、「人を採る」ことよりも「今いる人が辞めない職場をつくる」ことにあるように思います。
私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、医療・介護の現場の人事課題は、一般企業以上に「人の感情」と深く結びついていると感じています。だからこそ、人事の仕組みと配慮の両方が求められる領域です。
北陸の医療・介護人材の現状
北陸三県の医療・介護人材の状況を整理します。
看護師については、富山・石川は人口あたりの看護師数が全国平均を上回っていますが、病院の多さや在宅医療の需要増加により、偏在と不足感があります。福井は特に中山間地域での看護師確保が課題です。
介護職については、北陸三県ともに慢性的な人手不足です。有効求人倍率は全業種平均を大幅に上回っており、求人を出しても充足しない状態が続いています。
リハビリ職(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)については、養成校の卒業生が都市部に流出する傾向があり、北陸の地方部での確保が難しくなっています。
これらの状況の中で、「採用を増やす」努力は当然必要ですが、それだけでは構造的な問題は解決しません。「離職を減らす」ことの方が、人員の安定確保という点では即効性が高いです。
介護職の離職率は全国平均で年間約14%前後と言われています。100名の施設で毎年14名が辞めている計算です。この離職率を2〜3ポイント改善するだけで、年間2〜3名分の採用の負荷が減ります。採用1名にかかるコスト(求人広告費・紹介手数料・面接工数・研修)を考えると、定着施策への投資は十分に合理的です。
「辞める理由」を正確に把握する
離職を減らすためには、まず「なぜ辞めるのか」を正確に理解する必要があります。
医療・介護職の離職理由は、一般的に以下のようなものが挙げられます。
「人間関係の問題」は離職理由の上位に常に位置します。上司との関係、同僚との軋轢、チーム内のコミュニケーション不全——狭い職場で密に働く医療・介護現場では、人間関係の問題が他業種以上にストレスになります。
「業務量の過多・心身の疲弊」も大きな理由です。夜勤を含むシフト勤務、身体的な負荷(介護の移乗介助など)、精神的なストレス(患者・利用者の急変、看取り、クレーム対応)——こうした負荷が蓄積し、燃え尽きてしまうケースです。
「給与・処遇への不満」もあります。業務の負荷に見合った報酬を得られていないという感覚は、他の条件が改善されない限り離職の引き金になります。
「キャリアの停滞感」は、特に経験を積んだ中堅職員に見られる理由です。「この先、ここにいて成長できるのか」「同じ業務の繰り返しで、スキルが伸びていない」という感覚が、転職の動機になります。
「ライフイベントとの両立困難」も大きいです。結婚、出産、育児、介護——ライフイベントに対応できる柔軟な勤務体制がないと、特に女性職員の離職につながります。
重要なのは、「自施設ではどの理由が多いのか」を把握することです。退職者面談(エグジットインタビュー)を制度化し、「なぜ辞めるのか」を率直に聞く。在職者へのアンケート(エンゲージメントサーベイ)で、「辞めたいと思ったことがあるか」「その理由は何か」を定期的に確認する——こうしたデータが、対策の優先順位を決める材料になります。
「人間関係」の問題に組織として向き合う
離職理由の上位に位置する「人間関係の問題」は、「個人の相性の問題」として片付けられがちですが、実は組織として取り組むべき課題です。
いくつかのアプローチがあります。
「1on1面談の導入」は、上司と部下の関係を改善する基本的な施策です。月1回、15〜30分程度の1on1を制度化し、業務の悩み、体調、キャリアの希望などを話す場を設ける。「困ったことを相談できる場がある」という安心感が、人間関係のストレスを軽減します。
「チームビルディングの機会」を意識的に作ることも有効です。日常業務では「作業の連携」だけの関係になりがちな職場で、業務外の交流や、部署横断のプロジェクトチームでの活動が、人間関係の幅を広げます。
「ハラスメント対策の徹底」は不可欠です。医療・介護の現場は上下関係が強くなりやすく、指導とパワーハラスメントの境界が曖昧になることがあります。相談窓口の設置、ハラスメント研修の定期実施、「通報しても不利益にならない」という保証——こうした仕組みが、安心して働ける環境の基盤です。
富山県のある病院では、「職場環境改善委員会」を設置し、各部署から選出されたメンバーが月1回集まって「職場の困りごと」を共有する場を運営していました。「ナースステーションの動線が悪い」「夜勤の引き継ぎ時間が短すぎる」——こうした具体的な改善を積み重ねることで、職場環境全体の満足度が向上したといいます。大きな制度改革ではなく、「小さな改善の積み重ね」が効果を発揮した事例です。
「燃え尽きない」ための業務設計
医療・介護職の燃え尽き(バーンアウト)を防ぐためには、業務量と休息のバランスを組織として管理する必要があります。
「適正な人員配置」が最も基本的ですが、人手不足の中では理想的な配置が難しいのが現実です。その中でできることとして、「業務の棚卸しと効率化」があります。
看護師や介護士が行っている業務の中に、「専門職でなくてもできる業務」はないか。記録作成、物品の管理、環境整備——こうした業務を介護助手や事務職員に委譲する「タスクシフティング」を進めることで、専門職の負荷を軽減できます。
介護ロボットやICT機器の導入も、身体的・事務的な負荷の軽減に寄与します。移乗介助をサポートするリフト、見守りセンサー、電子カルテ・介護記録システム——こうした機器の導入は初期投資がかかりますが、職員の身体的負荷の軽減と業務効率化に確実に効果があります。
「夜勤の負荷管理」は特に重要です。夜勤の回数、夜勤後の休息時間、夜勤時の業務内容——これらを見直し、「夜勤が続いて体を壊す」という状態を防ぐ仕組みが必要です。
北陸のある特別養護老人ホームでは、見守りセンサーの導入により夜勤帯の巡回回数を減らすことができ、夜勤スタッフの負荷が軽減されたと聞いています。「テクノロジーで人の仕事を奪う」のではなく、「テクノロジーで人の負荷を下げる」という発想が、現場の受け入れにつながったポイントだったといいます。
キャリアパスの設計——「ずっとここにいたい」と思える成長の道筋
医療・介護職の中堅層が離職する理由の一つに、「キャリアの停滞感」があります。
「毎日同じ業務の繰り返しで、成長している実感がない」「管理職にならない限りキャリアアップの道がない」——こうした感覚を持つ中堅職員は少なくありません。
この課題に対して、複数のキャリアパスを用意することが有効です。
「管理職コース」は、主任→係長→師長(課長)→部長というラインマネジメントの道です。マネジメントスキルの向上に焦点を当てた研修や資格取得支援を提供します。
「専門職コース」は、特定の分野のスペシャリストとして深掘りする道です。認定看護師、専門介護福祉士、認知症ケアの専門家——こうした専門性を高める道を用意し、専門職としての処遇を確保します。
「教育・研修コース」は、後輩の育成や研修の企画・実施を担う道です。「教えることが好き」「人を育てることにやりがいを感じる」という職員に適したキャリアです。
これらのキャリアパスを明示し、各段階で必要なスキル・資格・経験を示すことで、「この施設にいれば成長できる」という見通しが生まれます。
ある福井の介護施設での話
福井県のある中規模の介護施設の事例をお話しします。
この施設は、開設15年目を迎えた特別養護老人ホームで、職員数約60名でした。離職率が年間20%近くに達し、常に採用活動に追われている状態でした。
施設長が最初に取り組んだのは、退職者面談の制度化でした。過去1年間に退職した12名全員に「退職の理由」を丁寧に聞き取りました。結果を集計すると、最も多い理由は「人間関係のストレス」で、次に「業務量の多さ」「キャリアの見通しのなさ」が続きました。
この結果をもとに、3つの施策を実施しました。
第一に、全職員を対象にした「1on1面談」の導入です。各ユニットリーダーが、月1回15分のカジュアルな面談を担当スタッフと行う仕組みを作りました。面談のテーマは「最近の仕事の調子」「困っていること」「今後やりたいこと」——気軽に話せる場として定着させることを重視しました。
第二に、「介護助手」の採用による業務負荷の軽減です。地域のシルバー人材センターと連携し、入浴準備、食事の配膳・下膳、居室の環境整備などを担当する介護助手を5名採用しました。介護福祉士がケアの専門業務に集中できる環境を整えたことで、「やりがいのある仕事に時間を使える」という声が増えました。
第三に、「キャリアマップ」の作成です。入職から10年間のキャリアの道筋を3つのコース(管理職・専門職・教育担当)に分けて可視化し、各段階で取得を推奨する資格と研修を明示しました。
1年後、離職率は20%から13%に改善しました。施設長は「大きな改革ではなく、一人ひとりの声を聞くところから始めた」と振り返っていました。
「報酬」以外のリテンション施策
医療・介護職の報酬は、制度(診療報酬・介護報酬)や法人の経営状況に制約されるため、大幅な引き上げが難しいことが多いです。その中で、報酬以外のリテンション(定着)施策が重要になります。
「福利厚生の充実」として、院内保育所の設置、住宅手当の支給、資格取得支援制度、リフレッシュ休暇——こうした施策が、「この施設で働くメリット」として機能します。
「表彰・承認の仕組み」も効果的です。「優れたケアを行った職員」「改善提案をした職員」「利用者・患者から感謝の声をもらった職員」——こうした貢献を組織として認め、表彰する仕組みが、モチベーションの維持につながります。
「メンタルヘルスサポート」の提供も重要です。外部のカウンセリングサービスとの契約、ストレスチェックの定期実施、「困ったときに相談できる場」の整備——心身の健康を支える仕組みは、離職防止の基盤です。
「柔軟な勤務形態」の提供は、ライフイベントとの両立を支える施策です。時短勤務、夜勤免除、日勤のみの勤務形態——こうした選択肢を用意することで、「辞めずに続けられる」状態を作れます。
定着施策を「経営数字」で語る
定着施策への投資を経営に提案するとき、数字で語ることが重要です。
介護職1名の離職・採用コストを試算します。人材紹介会社経由の場合、紹介手数料が年収の20〜30%で、年収350万円なら70〜105万円。求人広告経由でも、広告費+面接工数+研修期間の生産性損失で50〜80万円はかかります。
離職率が年20%の60名の施設では、年間12名が退職し、その補充に最低で600〜1,260万円のコストが発生します。
離職率を5ポイント改善(20%→15%)すれば、年間退職者が12名から9名に減り、3名分の採用コスト(150〜315万円)が削減できます。
1on1面談の仕組み化、介護助手の採用、キャリアマップの作成——こうした定着施策のコストと比較すれば、「定着に投資する方が、採用を繰り返すよりも経済的に合理的」であることが説明できます。
よくある失敗パターン
「離職は個人の問題」として対処しない
一人の離職を「あの人の事情」で片付けてしまうと、組織的な問題が見えなくなります。離職のデータを蓄積し、傾向を分析することが改善の出発点です。
「やりがい」だけで定着を期待する
医療・介護の仕事にはやりがいがありますが、やりがいだけで長年働き続けることは困難です。処遇、環境、キャリア、人間関係——複数の要素をバランスよく整えることが必要です。
定着施策を「人事だけの仕事」にする
職場環境の改善は、現場の管理者・施設長・経営者が一体となって取り組むべき課題です。人事だけが頑張っても、現場が変わらなければ効果は限定的です。
「事業を伸ばす人事」を北陸の医療・介護から
北陸の医療・介護施設が「働き続けたい職場」をつくることは、個々の施設の経営安定だけでなく、地域の医療・介護サービスの質を維持するという社会的な役割を担っています。
「辞めない職場」は、「我慢して留まる職場」ではありません。「ここで成長できる」「この仲間と働きたい」「この仕事に誇りを持てる」——こうした感覚を職員が持てる職場が、結果として離職率が低くなります。
その職場をつくるのは、大規模な制度改革ではなく、日々の小さな改善の積み重ねです。一人ひとりの声に耳を傾け、できることから変えていく。その姿勢が、北陸の医療・介護の現場を支える人材を守り、育てることにつながるのではないかと思います。
関連記事
採用・選考北陸の企業が「内定辞退」を減らすための採用プロセス改善
最終面接を通過して内定を出した。本人も嬉しそうだった。なのに1週間後に辞退の連絡が来た——石川県のある機械メーカーの人事担当者が、肩を落としてそう話していたことがあります。
採用・選考北陸の企業が「採用要件」を経営戦略から逆算する方法
毎年、同じような求人票を出して、同じような人を採っている。でも本当にこの採用で合っているのか、自信がない——福井県のある機械部品メーカーの人事担当者が、そう打ち明けてくれたことがあります。
採用・選考北陸の中小企業が中途採用の選考プロセスを最適化する方法
中途採用で良い人が来たと思っても、途中で辞退されてしまう。最終面接まで進んだのに、連絡が途絶えた——福井県のあるメーカーの人事担当者が、落胆した様子でそう語っていたことがあります。
採用・選考北陸のコールセンター企業がオペレーター定着率を高める方法
採用しても3ヶ月で半分が辞めてしまう。研修コストばかりかかって、ようやく一人前になった頃に退職届が出る——金沢市にあるコールセンター運営会社の人事マネージャーが、深刻な表情でそう語っていたことがあります。