金沢のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法
評価・等級制度

金沢のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法

#1on1#エンゲージメント#採用#評価#研修

金沢のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法

「社員が10人を超えたあたりから、なんだかうまくいかなくなった」——金沢市のあるITベンチャーの代表が、そう打ち明けてくれたことがあります。

金沢は、近年ベンチャー企業の創業が増えている都市です。IT、フードテック、観光テック、伝統工芸のリブランディング——金沢ならではのテーマで事業を立ち上げる起業家が増えています。石川県や金沢市のスタートアップ支援策、金沢大学や金沢工業大学との産学連携、リモートワークの普及による地方への関心の高まり——こうした追い風が、金沢のベンチャーシーンを活性化させています。

しかし、ベンチャー企業の成長過程には「壁」があります。創業期は少人数で阿吽の呼吸で回していたものが、社員が10人、20人、30人と増えるにつれて、「誰が何をやるのか」「どう評価されるのか」「どう報酬が決まるのか」が曖昧なまま放置されると、組織の歪みが一気に表面化します。

私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、急成長期のベンチャー企業が「人事制度の不在」によって成長が止まったり、優秀な人材が離れたりするケースを何度も見てきました。「制度を整えるのは会社が大きくなってから」ではなく、「成長する前に最低限の骨格を作っておく」ことが、金沢のベンチャー企業の持続的な成長を支えると考えています。


なぜ急成長期に「人事制度」が必要になるのか

創業期のベンチャー企業では、人事制度がなくても回ります。社長が全員の働きを直接見ている。報酬は「一人ひとりと個別に話し合って決める」。評価は「社長の頭の中」にある。5〜6人の組織であれば、この方法でも十分に機能します。

しかし、社員が10人を超え、20人を超えるあたりから、この「社長の目が届く経営」は限界に達します。

問題が起きるパターンはいくつかあります。

「報酬の不公平感」が生まれます。初期メンバーと後から入った社員の間で、報酬の決め方が異なることがあります。「同じ仕事をしているのに、入社時期によって給与が違う」という不公平感は、組織の信頼を蝕みます。

「評価の不透明さ」に不満が出ます。社長が全員を直接見れなくなると、「何をすれば評価されるのか」が見えなくなります。特に中途入社の社員は、暗黙の評価基準を理解するのに時間がかかります。

「役割の曖昧さ」がコンフリクトを生みます。「誰が何を決めるのか」「誰が誰をマネジメントするのか」——こうした役割の境界が不明確だと、業務の重複や漏れ、責任の押し付け合いが発生します。

「採用のミスマッチ」が増えます。人事制度がない状態では、「どんな人材が必要か」「入社後にどう成長してもらうか」が曖昧なまま採用が進むため、ミスマッチが起きやすくなります。


急成長期に最低限整えるべき「3つの骨格」

ベンチャー企業が急成長期に整えるべき人事制度は、大企業のような複雑な制度体系ではありません。最低限の「3つの骨格」を作ることが、組織の安定と成長の両立につながります。

骨格1:等級制度——「何ができたら、どのポジションか」を明確にする

等級制度とは、「社員をスキル・責任レベルに応じて分類する仕組み」です。ベンチャーでは、3〜5段階程度のシンプルな等級で十分です。

例えば、メンバー(一人で基本的な業務を遂行できる)、シニアメンバー(高度な業務を自律的に遂行し、後輩を指導できる)、リーダー(チームのマネジメントを担い、成果に責任を持つ)、マネージャー(複数チームの統括と事業目標の達成に責任を持つ)——この4段階で多くのベンチャーはカバーできます。

各等級の「定義」を明文化しておくことが重要です。「何ができたら次の等級に上がるか」が明確であれば、社員は「次に何を目指せばいいか」がわかります。

骨格2:評価制度——「何を頑張ればいいか」を共有する

評価制度は、「成果」と「プロセス」の両面で設計します。

「成果の評価」は、期初に設定した目標に対する達成度を評価します。OKR(Objectives and Key Results)やMBO(Management by Objectives)など、ベンチャーに合ったフレームワークを選びます。四半期ごとの目標設定と振り返りが、急速に変化するベンチャーのペースに合っています。

「プロセスの評価」は、「会社が大切にする行動」を評価します。ベンチャーのバリュー(行動指針)に基づいた行動を評価項目に組み込むことで、「うちの会社ではどう振る舞ってほしいか」というメッセージを伝えます。

評価のタイミングは、ベンチャーの場合は半年に1回が適切です。年1回では変化に追いつかず、四半期ごとでは管理負荷が大きすぎます。

骨格3:報酬制度——「等級と評価が報酬にどう反映されるか」を示す

報酬制度は、等級と評価の結果がどのように報酬に反映されるかのルールです。

各等級に報酬レンジ(幅)を設定し、その中での位置づけを評価結果で決める——これがシンプルな報酬制度の骨格です。例えば、シニアメンバーの報酬レンジを年収450〜600万円と設定し、評価が高ければレンジの上方に、標準であれば中央付近に位置づける——こうしたルールがあれば、「なぜこの給与なのか」を説明できます。


ある金沢のベンチャーが人事制度を整えた話

金沢市のあるSaaS企業の事例をお話しします。

この企業は、北陸の中小製造業向けの受発注管理SaaSを開発しており、創業3年目で社員数が8名から22名に急増していました。事業は順調に成長していましたが、組織の内部に問題が出始めていました。

「自分の評価基準がわからない」「同僚と自分の給与の差の理由がわからない」「マネジメントの役割が曖昧で、誰に相談すればいいかわからない」——こうした声が社員から上がっていました。代表は「プロダクトの開発に集中したいのに、人の問題に時間を取られている」と悩んでいました。

私がこの企業に関わった際、最初に取り組んだのは「現状の棚卸し」でした。全社員への匿名アンケートで「今の組織に対する率直な感想」を聞き、代表と全マネージャー候補への個別面談で「組織の課題認識」を把握しました。

結果として浮かび上がった課題は3つでした。第一に、報酬の決め方にルールがなく、「代表との交渉力」で給与が決まっている状態だったこと。第二に、評価が「代表の主観」に依存しており、社員が「何を頑張ればいいか」を見通せない状態だったこと。第三に、組織の階層がなく、全員が代表に直接レポートする「フラットすぎる組織」になっていたこと。

これらに対して、段階的に制度を整えました。

まず、4段階の等級制度を導入しました。各等級の定義を全社員に公開し、「自分はどの等級にいるか」「次の等級に上がるためには何が必要か」を明確にしました。

次に、半年ごとの評価サイクルを設計しました。OKRをベースとした目標設定と、会社のバリュー(「顧客の成功にコミットする」「技術で課題を解決する」「率直にフィードバックし合う」)に基づく行動評価を組み合わせた評価シートを作成しました。

最後に、等級ごとの報酬レンジを設定し、全社員の報酬を再整理しました。一部の社員は報酬が上がり、一部は据え置きになりましたが、「ルールに基づいて決まっている」という透明性が不公平感を大幅に軽減しました。

導入から1年後、社員アンケートで「評価の透明性」「報酬への納得感」のスコアが大きく改善しました。代表は「制度を整えたことで、人の問題に使う時間が減り、事業に集中できるようになった」と話していました。


制度を「成長の邪魔」にしないためのポイント

ベンチャー企業が人事制度を整えるとき、最も恐れるのは「制度が組織の柔軟性を奪う」ことです。この懸念は正当なものであり、いくつかのポイントに注意が必要です。

「シンプルに保つ」ことが大原則です。大企業のような複雑な制度は、ベンチャーには不要です。等級は3〜5段階、評価項目は5〜7項目程度、報酬テーブルはExcel1枚で管理できるレベル——このシンプルさが、運用の持続性を担保します。

「定期的に見直す」仕組みを最初から組み込むことも重要です。「この制度は1年後に見直す」と決めておけば、「合わなくなったらすぐ変えればいい」という安心感があります。ベンチャーの成長スピードは速いので、制度もそれに合わせて進化させる必要があります。

「例外を許容する余地を残す」ことも大切です。特殊なスキルを持つ人材の採用、急な組織変更、事業ピボットに伴う役割変更——ベンチャーではイレギュラーが日常です。「原則はこのルールだが、合理的な理由があれば例外を認める」という柔軟性が必要です。


採用力を高める人事制度

人事制度は、社内の仕組みであると同時に、「採用のメッセージ」でもあります。

「うちの会社ではどう評価されるか」「どのようなキャリアパスがあるか」「報酬はどのように決まるか」——これらを採用の段階で明確に伝えられることは、候補者の信頼を得る力になります。「制度がないベンチャー」と「制度が透明なベンチャー」では、候補者の安心感が大きく異なります。

金沢のベンチャーが首都圏のエンジニアや営業人材を採用しようとするとき、「規模は小さいが、制度はしっかりしている」というメッセージは差別化になります。制度の整備は、対外的な信頼性の向上という意味でも、採用戦略の一環です。


マネージャー育成——急成長期の最大の課題

急成長期のベンチャーで最も不足するのは、「マネジメントができる人材」です。

プレイヤーとして優秀だった社員が、社員の増加に伴ってマネージャーに就任する。しかし、「仕事ができること」と「人をマネジメントできること」は別のスキルです。マネジメント経験がないままマネージャーになった社員が、チームの運営に苦労する——これは急成長期のベンチャーで頻繁に起きる問題です。

マネージャー育成のために、いくつかのアプローチがあります。

「マネジメント研修」の提供は基本です。1on1の進め方、目標設定の方法、フィードバックの技術、採用面接の進め方——こうした基本的なマネジメントスキルを、外部の研修や書籍、オンラインコースで学ぶ機会を提供します。

「マネージャー同士の横のつながり」を作ることも有効です。月1回のマネージャー会議で、互いの悩みを共有し、解決策を話し合う。同じ立場の仲間がいることで、孤立感が軽減されます。

「外部メンターの活用」も検討に値します。金沢には、大企業でのマネジメント経験を持つシニア人材や、複数のベンチャーのアドバイザーを務めている人材がいます。こうした外部メンターがマネージャーの相談相手になることで、育成が加速します。


人事制度整備のコストを「経営数字」で考える

人事制度の整備を「後回し」にしがちな理由の一つは、「コストがかかる」「事業成長の足を引っ張る」という懸念です。しかし、「制度がないことのコスト」を計算してみると、制度整備への投資は合理的であることがわかります。

「報酬の不公平感による離職」が発生した場合、1名の離職・再採用コストは100〜300万円です。ベンチャーのエンジニアであれば、エージェント手数料だけで100万円を超えることも珍しくありません。

「評価の不透明さによるモチベーション低下」は、生産性の損失として現れます。エンゲージメントが低い社員の生産性低下を金額に換算すると、年間で数十万円規模になります。

一方、シンプルな人事制度を整備するコストは、外部コンサルタントを使っても100〜300万円程度、自社で進めれば人事担当者の工数が主なコストです。「制度整備に投資する方が、制度がないことのリスクコストより安い」——この計算を、経営者との対話の起点にすることができます。


よくある失敗パターン

「大企業の制度」をそのまま導入する

大企業の人事制度は、数百〜数千名の組織を前提に設計されています。20名のベンチャーに導入しても、運用の負荷が重すぎて機能しません。自社の規模とフェーズに合ったシンプルな制度を作ることが重要です。

「制度を作ること」が目的化する

制度は手段であり、目的は「組織が健全に成長すること」です。制度作りに時間をかけすぎて、事業のスピードが落ちるのは本末転倒です。70%の完成度でリリースし、運用しながら改善する方がベンチャーには合っています。

代表が「制度なんかいらない」と思い続ける

代表が人事制度の必要性を認識しないまま組織が大きくなると、いずれ大きな問題が表面化します。「今は必要ないと思うかもしれないが、半年後に必要になる」という先を見た判断が求められます。


「事業を伸ばす人事」を金沢のベンチャーから

金沢のベンチャー企業が急成長期を乗り越えるために、人事制度の整備は避けて通れません。制度は「組織を縛るもの」ではなく、「組織が成長するための土台」です。

等級・評価・報酬の3つの骨格を、シンプルに、透明に、柔軟に整えること。それが、金沢のベンチャーが「勢いだけの組織」から「持続的に成長する組織」に進化するための鍵です。

制度を整えることは、「創業の熱量」を否定することではありません。むしろ、その熱量をより多くの社員に伝播させ、組織全体の力に変えるための仕組みです。金沢から生まれるベンチャーが、人事制度という土台の上で、より大きく成長していくことを願っています。

0

経営視点で考える人事の実践力を磨きませんか?

書籍『「人事のプロ」はこう動く』著者による実践講座。現場で使える経営視点の人事力を身につけます。

関連記事

北陸の企業が「報酬制度」を見直すときの考え方
評価・等級制度

北陸の企業が「報酬制度」を見直すときの考え方

給料を上げたいが、原資がない。でも上げないと人が辞める。どうすればいいのか——富山県のある部品メーカーの社長が、頭を抱えながらそう話していたことがあります。

#採用#評価#経営参画
北陸の企業がコンピテンシー評価を導入する際の考え方
評価・等級制度

北陸の企業がコンピテンシー評価を導入する際の考え方

評価面談のたびに部下から不満が出る。結局、上司の主観で決まっているんじゃないかと思われている——石川県のある電子部品メーカーの人事部長が、ため息交じりにそう話してくれたことがあります。

#評価#組織開発#制度設計
北陸の企業が「360度フィードバック」を効果的に導入する方法
評価・等級制度

北陸の企業が「360度フィードバック」を効果的に導入する方法

うちの管理職には、自分が周りからどう見られているかを知る機会がない。本人は良かれと思ってやっていることが、部下にはストレスになっている——福井県のある電子部品メーカーの人事担当者が、そう打ち明けてくれたことがあります。

#1on1#エンゲージメント#評価
北陸の企業が目標管理制度(MBO)を形骸化させない方法
評価・等級制度

北陸の企業が目標管理制度(MBO)を形骸化させない方法

MBOを導入して5年になるが、目標シートを書くのが面倒くさいだけの行事になっている——福井県のある部品メーカーの管理職が、正直にそう話していたことがあります。

#評価#研修#組織開発