
北陸の企業が人事データ活用を始めるための第一歩
目次
北陸の企業が人事データ活用を始めるための第一歩
「データ活用が大事だとは聞いているが、うちのような中小企業で何ができるのかイメージが湧かない」——福井県のある製造業の人事担当者から、こう言われたことがあります。
「ピープルアナリティクス」「HRテック」「データドリブン人事」——こうした言葉は、人事の世界でも盛んに使われるようになっています。しかし、北陸の中小企業の多くにとって、これらは「大企業の話」「IT企業の話」という印象が強いのではないでしょうか。
確かに、高度なAIや専用のHRテックツールを導入するのは、予算やIT人材の面でハードルが高いかもしれません。しかし、「人事データの活用」は、必ずしも大がかりなシステムを必要としません。Excelと既存のデータだけでも、経営に大きなインパクトを与える分析は可能です。
私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、「人事データを活用している」企業と「勘と経験で判断している」企業の間には、意思決定の質に大きな差があると感じています。特に北陸の中小企業では、データ活用の「第一歩」を踏み出すだけで、経営者との対話の質が劇的に変わることがあります。
「人事データ活用」とは何か
人事データ活用とは、人に関するデータを収集・分析し、経営や人事の意思決定に活かすことです。
大企業では、大量の社員データをAIで分析して離職予測を行ったり、適性検査の結果と業績データを組み合わせて「どんな人材が活躍するか」をモデル化したりしています。しかし、こうした高度な分析は、中小企業の第一歩としては大きすぎます。
北陸の中小企業が最初に取り組むべきは、「今あるデータを整理して、経営判断に使える形にする」ことです。新しいシステムを導入する前に、すでに手元にあるデータから始めればいいのです。
手元にある「使えるデータ」を整理する
多くの北陸の中小企業には、すでに以下のようなデータが存在しています。
「勤怠データ」——出退勤時刻、残業時間、有給休暇の取得日数、欠勤日数。勤怠管理システムやタイムカードから取得できます。
「採用データ」——応募者数、採用経路(求人広告、エージェント、紹介、ハローワーク)、採用コスト、内定承諾率。採用担当者の記録やエージェントからの請求書から集められます。
「離職データ」——退職者の人数、退職理由、退職時の部署・役職・年齢・勤続年数。退職届や退職面談の記録から得られます。
「人件費データ」——社員一人あたりの給与・賞与・法定福利費・福利厚生費。給与データから算出できます。
「評価データ」——評価制度がある企業であれば、過去数年の評価結果。
「年齢・勤続年数データ」——社員台帳から取得できます。
これらのデータは、ほとんどの企業がすでに「持っている」ものです。問題は、これらが「バラバラに」管理されていて、「分析可能な形で整理されていない」ことです。
最初に取り組む「5つの分析」
人事データ活用の第一歩として、以下の5つの分析から始めることを提案します。いずれもExcelで実施可能で、特別なスキルは不要です。
分析1:離職率の「分解」分析
全社の離職率を算出するだけでなく、「部門別」「年齢層別」「勤続年数別」「入社経路別」に分解して見ます。
「全社の離職率は12%」というだけでは対策の方向性が見えません。しかし、「入社3年以内の離職率が35%」「製造部門の離職率が20%で他部門の2倍」「エージェント経由の入社者の離職率が30%で、紹介経由の10%を大きく上回る」——こうした分解ができると、「どこに」「何を」すべきかが明確になります。
分析2:採用コストの「経路別」分析
採用コストを採用経路ごとに集計し、「1名あたりの採用コスト」と「定着率」を比較します。
「求人広告経由は1名30万円で採用できるが、1年以内の離職率が30%」「エージェント経由は1名150万円だが、1年以内の離職率が10%」——こうした比較をすると、「表面的には高いが、定着を考えると安い」経路が見えてきます。採用予算の配分を最適化する根拠になります。
分析3:残業時間の「部門別・月別」推移
残業時間を部門ごと、月ごとに集計し、推移を見ます。
「特定の部門だけ残業が増えている」「特定の月に残業がピークになる」——こうしたパターンが見えれば、人員配置の見直しや業務の平準化の根拠になります。また、残業時間と離職率の相関を見ることで、「残業が多い部門ほど離職が多い」という関係が数字で確認できることがあります。
分析4:年齢構成の「将来シミュレーション」
社員の年齢分布を5歳刻みでグラフ化し、「5年後・10年後の年齢構成」をシミュレーションします。
「現在50代が35%を占めており、10年以内に全社員の1/3が退職する」「30代が10%しかおらず、次世代の管理職候補が不足している」——こうした将来リスクの可視化は、経営者の意識を変える力を持ちます。
分析5:一人あたり売上高の推移
「売上÷社員数」の推移を過去3〜5年で追跡します。
この数字が上がっていれば「生産性が向上している」、下がっていれば「人が増えたが成果が伴っていない」ことがわかります。部門別に算出すると、さらに詳細な分析が可能です。
ある石川の企業が人事データ活用を始めた話
石川県のある機械部品メーカーの事例をお話しします。
この企業は社員数約90名で、人事担当者は1名。「人事の仕事は採用と勤怠管理で精一杯」という状態でした。経営者は人事施策に対して「効果が見えない」と感じており、人事の提案がなかなか通らないという悩みがありました。
人事担当者にまず提案したのは、「A4用紙2枚の人事ダッシュボードを作る」ことでした。Excelで以下の数字を一覧化し、四半期ごとに更新するものです。
1枚目は「基本指標」——離職率(全社・部門別)、採用充足率、一人あたり売上高、平均残業時間、有給取得率、年齢構成。
2枚目は「重点課題の分析」——離職者の傾向分析(部門・年齢・勤続年数別)、採用経路別のコスト・定着率比較、残業時間の上位10名リスト。
最初のダッシュボードを作るのに、人事担当者が費やした時間は約2日でした。既存のデータをExcelに集約し、グラフを作成しただけです。
このダッシュボードを経営会議で初めて提出したとき、経営者の反応は驚きでした。「この数字を見たのは初めてだ」「製造部門の離職率がこんなに高いとは知らなかった」「入社3年以内の若手がこれだけ辞めているのか」——データが、経営者の「知っているつもり」を覆したのです。
その場で、「製造部門の離職率改善」「若手の定着施策」「採用経路の見直し」の3つが、翌四半期の重点課題として合意されました。人事担当者は「数字を見せるだけで、こんなに話が進むとは思わなかった」と振り返っていました。
データから「施策」につなげる考え方
データを集めて分析するだけでは、まだ半分です。分析結果を「具体的な施策」につなげることが、データ活用の目的です。
「データ→仮説→施策→検証」のサイクルを回すことが基本的な考え方です。
データ——「入社2年目の離職率が40%」 仮説——「入社1年目の教育は手厚いが、2年目以降のフォローが薄いのではないか」 施策——「入社2年目の社員に四半期ごとのキャリア面談を実施する」 検証——「半年後に、2年目の離職率が改善したかを確認する」
このサイクルを回すことで、「仮説が正しかったか」がデータで検証でき、次の施策の精度が上がっていきます。
データ活用の「やりすぎ」に注意する
データ活用には注意点もあります。
「データに振り回される」リスクがあります。数字はあくまで「現象」を映しているだけであり、「原因」はデータだけではわかりません。離職率が高い部門があったとしても、その原因が「上司のマネジメント」なのか「業務量の過多」なのか「報酬への不満」なのかは、現場との対話を通じて初めてわかります。
「プライバシーへの配慮」も重要です。個人の健康情報、評価結果、給与データなど、センシティブな情報を扱う際は、アクセス権限の管理と情報の匿名化に注意が必要です。
「完璧なデータ」を求めすぎないことも大切です。中小企業では、データの精度が完璧でないことが多いですが、「ざっくりとした傾向」をつかむだけでも十分な価値があります。精度は徐々に上げていけばいいのです。
人事データ活用のコストを「経営数字」で語る
人事データ活用を経営に提案するとき、そのコストと効果を数字で示すことが重要です。
人事データ活用の主なコストは、人事担当者の工数です。四半期ごとのダッシュボード作成に2〜3日、データ更新に月1〜2時間——この程度の工数で始められます。高額なシステム投資は不要です。
効果としては、「離職率の改善による採用コストの削減」「残業時間の適正化による人件費の効率化」「採用経路の最適化によるコスト削減」——こうした効果を数字で追跡することで、データ活用自体の投資対効果が示せます。
よくある失敗パターン
「高額なHRテックを導入してから始めよう」とする
システムに投資する前に、Excelと手元のデータで始めることが重要です。「何を分析したいか」が明確になってから、必要に応じてツールを導入する方が、投資の無駄がありません。
データを集めるだけで活用しない
データを収集・整理しても、経営への報告や施策への反映がなければ意味がありません。「データを見せる場」を定例化することが、活用のサイクルを回す鍵です。
人事データ活用を「人事だけの仕事」にする
データは経営との対話のツールです。経営者や各部門の管理職と「データを一緒に見る」場を作ることで、データの解釈と施策の実行力が高まります。
「事業を伸ばす人事」を北陸のデータ活用から
人事データ活用は、「高度な技術」ではなく「基本的な整理」から始まります。手元にあるデータをExcelで整理し、A4用紙2枚のダッシュボードにまとめ、経営者に見せる。これだけで、経営と人事の対話の質が変わります。
「勘と経験」を否定する必要はありません。むしろ、データは「勘と経験」を補強し、説得力を持たせるためのツールです。「何となく離職が多いと思っていた」が「データで見ると製造部門の入社3年以内の離職率が40%」に変わったとき、対策の精度と実行力が格段に上がります。
北陸の中小企業の人事担当者が、「データで経営と対話する」力を身につけること。その一歩が、人事を「管理業務」から「経営のパートナー」に変える転換点になるのではないかと思います。
関連記事
経営参画・数字北陸の企業が「人事と経営の定例ミーティング」を設計する方法
人事の話は経営会議の最後に10分だけ。しかも、いつも人が足りないという報告だけで終わる——石川県のあるメーカーの人事担当者が、もどかしそうにそう話していたことがあります。
経営参画・数字北陸の中小企業がワークライフバランスを経営成果につなげる方法
ワークライフバランスは大事だと思うが、うちのような小さい会社でやれることは限られる。それに、社員がゆっくり働くだけでは売上は上がらない——富山県のある部品メーカーの経営者が、率直にそう話していたことがあります。
経営参画・数字北陸の建設業が「人手不足は仕方ない」を乗り越えるために、人事の視点でできること
若い人が入ってこない。このままだと10年後に現場が回らなくなる——北陸の建設会社の経営者からよく聞く言葉です。
経営参画・数字人事が「経営の言葉」で話せると、何が変わるのか——北陸の現場から考える
経営会議で人事の提案がなかなか通らないやっと承認されたと思っても、予算が半分に削られてしまう