北陸の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法
制度設計・運用

北陸の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法

#エンゲージメント#研修#組織開発#経営参画#離職防止

北陸の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法

「会社を息子に継がせることは決まった。でも、会社を支えてきたベテラン社員たちの技術と知恵をどう引き継ぐか。そっちの方が難しい」——福井県のある漆器メーカーの3代目社長が、そう語っていたことがあります。

北陸は老舗企業の宝庫です。金沢の和菓子、輪島の漆器、高岡の鋳物、福井の眼鏡フレーム、富山の製薬——何十年、何百年と続く企業が、北陸の産業と文化を支えています。これらの企業が今、「事業承継」という大きな転換期を迎えています。

中小企業庁のデータによれば、中小企業経営者の高齢化は加速しており、「後継者不在」で廃業を余儀なくされる企業も増えています。北陸の老舗企業でも、経営の承継に課題を抱えている企業は少なくありません。

しかし、事業承継は「社長の椅子を誰に渡すか」だけの問題ではありません。事業の核心を支えてきた人材——ベテランの技術者、長年の顧客関係を持つ営業、品質管理の要を担ってきた管理職——こうした「人材の承継」を同時に進めなければ、経営を引き継いでも事業の実力が維持できません。

私は500社以上の企業の人事に関わってきましたが、「事業承継」と「人材承継」は一体のものだと確信しています。経営のバトンだけでなく、組織の中に蓄積された知識・技術・関係性のバトンを、次の世代に渡すこと。それが、事業承継の成功を左右します。


事業承継と人材承継が「別々」に進む問題

多くの北陸の老舗企業では、「事業承継」と「人材承継」が別々のテーマとして扱われています。事業承継は経営者と税理士・弁護士が進め、人材の問題は現場任せ——この分断が、承継の質を下げています。

事業承継の準備では、「株式の移転」「税務対策」「後継者の経営教育」——こうした「経営の承継」に時間とコストが集中します。これらは確かに重要ですが、「人材の承継」が後回しにされると、新しい経営者が就任した途端に深刻な問題が表面化します。

「社長が変わったら、ベテランの技術者が辞めてしまった」「先代が築いた顧客関係が、後継者には引き継がれていなかった」「中核社員が新経営者の方針に反発して、組織が分裂した」——こうしたケースは、人材承継の準備不足が原因です。


人材承継で引き継ぐべき「4つの資産」

事業承継に伴って引き継ぐべき「人材の資産」は、大きく4つに分類できます。

資産1:技術・技能

北陸の老舗企業の多くは、独自の技術や技能を競争力の源泉としています。加賀友禅の染色技術、高岡銅器の鋳造技術、福井の眼鏡フレームの加工技術——こうした技術は「人」に宿っており、ベテランの退職とともに失われるリスクがあります。

技術の承継には、「何を引き継ぐか」を特定し、「誰に引き継ぐか」を決め、「どのように引き継ぐか」を計画する——このプロセスが必要です。

資産2:顧客関係

長年の取引先との信頼関係は、老舗企業の貴重な資産です。「あの社長だから取引を続けている」「あの営業担当だから安心して発注できる」——こうした属人的な関係を、次の世代に引き継ぐ準備が必要です。

資産3:組織の暗黙知

「なぜこのやり方をしているのか」「過去にこんなトラブルがあったから、こう対応している」——経営や業務の中で蓄積された暗黙知は、文書化されていないことが多いです。この暗黙知が失われると、過去の失敗を繰り返すリスクがあります。

資産4:組織文化と価値観

創業者や先代が大切にしてきた「会社の精神」「仕事への姿勢」「社員を大切にする文化」——こうした無形の資産は、新しい経営者が引き継ぐべき最も重要なものの一つです。文化の断絶は、社員のエンゲージメントの低下や離職を招きます。


人材承継を計画的に進める5つのステップ

ステップ1:「キーパーソン」の特定

事業の継続に不可欠な「キーパーソン」を特定します。技術面、営業面、管理面で「この人がいなくなったら事業に大きな影響がある」という社員をリストアップします。

キーパーソンごとに、退職見込み時期、保有する技術・知識・人脈の棚卸し、後任候補の有無を整理します。この一覧が、人材承継の「優先順位マップ」になります。

ステップ2:技術の「見える化」

キーパーソンが持つ技術や暗黙知を、可能な限り「見える化」します。作業手順のマニュアル化、動画による技術記録、過去のトラブル事例と対応策のデータベース化——こうした取り組みにより、「人に依存する知識」を「組織の知識」に変換します。

ただし、すべてを文書化できるわけではありません。特に職人的な技術は、「見て、やって、感覚を覚える」OJTが不可欠です。見える化は「教えやすくする」ための補助であり、OJTの代替ではありません。

ステップ3:後任者の「計画的育成」

キーパーソンの後任候補を選定し、計画的に育成します。「5年後にベテランの○○さんが退職する。3年かけて後任の△△さんを育てる」——この時間軸の設計が重要です。

育成計画には、OJT(ベテランと後任が一緒に仕事をする期間)、座学研修、外部研修、段階的な権限移譲——これらを組み合わせます。

ステップ4:顧客関係の「重複期間」の確保

先代の経営者やベテラン営業が持つ顧客関係を次世代に引き継ぐためには、「一緒に顧客を訪問する期間」を確保することが重要です。

「まずは先代と一緒に訪問し、紹介してもらう」→「後継者が主担当として訪問し、先代が同席する」→「後継者が単独で訪問する」——この3段階の移行に、少なくとも6ヶ月〜1年は必要です。

ステップ5:組織文化の「言語化」と「浸透」

先代が大切にしてきた価値観や経営哲学を「言語化」し、新しい経営者と社員に共有します。

「うちの会社の大切にしていること」を文書にまとめ、全社で共有する。先代経営者と後継者が一緒に社員向けに「承継メッセージ」を発信する。「変わること」と「変わらないこと」を明確にすることで、社員の不安を軽減します。


ある石川の老舗企業が承継を進めた話

石川県のある和菓子メーカーの事例をお話しします。

この企業は創業90年、社員数約40名の老舗企業でした。70代の2代目社長から、40代の長男(専務)への事業承継が計画されていました。税務・法務面の準備は進んでいましたが、「人」の承継はほとんど手つかずでした。

特に課題だったのは、製造部門のベテラン職人3名(全員60代前半)が持つ和菓子の製造技術と、先代社長が30年以上かけて築いた百貨店バイヤーとの関係でした。

まず、「キーパーソンマップ」を作成しました。ベテラン職人3名のうち、餡の炊き方に関する技術は1名にしか継承されておらず、最優先の承継対象と判明しました。

技術の見える化として、3名の職人の作業を3ヶ月かけて動画で記録しました。「なぜこの温度なのか」「この色になったら次の工程に移る理由」——動画だけでなく、職人の言葉を書き起こして「技術ノート」としてまとめました。

後任者の育成として、30代の製造社員3名をそれぞれベテラン1名の「弟子」として配置し、2年間のOJT計画を策定しました。ベテランと後任が同じシフトで同じ工程を担当する「ペア配置」を実施し、毎日の作業の中で技術を伝承する体制にしました。

顧客関係の承継として、先代社長と後継者が6ヶ月間、主要取引先を一緒に訪問しました。「息子に代替わりしますが、品質と姿勢は変わりません」——先代から取引先への「お墨付き」が、後継者への信頼移転を円滑にしました。

組織文化の承継として、先代社長が「創業の精神」と「会社の大切にする価値観」を全社員の前で語る場を設けました。後継者はそれを受けて、「先代が大切にしてきたことを守りながら、新しいことにも挑戦する」というメッセージを発信しました。

3年間かけてこれらの取り組みを進め、無事に事業承継が完了しました。後継者は「技術も顧客関係も組織文化も、すべて同時に引き継ぐことの重要性を痛感した。どれか一つが欠けても、事業は回らなかった」と振り返っていました。


人材承継の投資を「経営数字」で語る

人材承継の投資を経営に提案するとき、数字で語ることが重要です。

技術が途絶えた場合の損失を試算します。「ベテラン職人の退職後に技術が維持できず、主力製品の品質が低下した場合、その製品ラインの売上○千万円がリスクにさらされる」

顧客関係が途絶えた場合の損失も試算します。「先代の顧客関係に依存する取引先の年間売上が○千万円。引き継ぎ失敗で取引が50%減少した場合、○千万円の売上損失」

一方、人材承継のコストは、動画マニュアル制作(50〜200万円)、OJTの期間中の生産性低下(限定的)、顧客訪問の出張費——これらを合計しても、技術・顧客関係の損失リスクと比較すれば、合理的な投資です。


よくある失敗パターン

「承継は社長の問題」と人事が関与しない

事業承継は経営の問題ですが、人材承継は人事の問題です。「キーパーソンの特定」「技術の見える化」「後任者の育成計画」——こうした取り組みは、人事が主導して進めるテーマです。

ベテランに「教えてください」と頼むだけで仕組みを作らない

「技術を教えてください」と頼むだけでは、体系的な技術伝承は進みません。「何を、誰に、いつまでに、どの方法で伝えるか」を計画し、その計画を実行する仕組みが必要です。

承継のタイミングが遅すぎる

「まだ先代が元気だから大丈夫」と思っているうちに、突然の体調不良や事故で計画が狂うケースがあります。承継の準備は「早すぎる」ことはありません。5〜10年前から段階的に進めることが理想です。


「事業を伸ばす人事」を北陸の事業承継から

北陸の老舗企業が次の世代に引き継がれるとき、引き継がれるのは「会社」だけではありません。何十年、何百年とかけて蓄積された技術、顧客との信頼、組織の文化——こうした「人」に宿る資産が、正しく引き継がれてこそ、事業は続いていきます。

事業承継と人材承継を一体のものとして計画し、時間をかけて丁寧に進めること。それが、北陸の老舗企業を次の100年に向けて送り出すための、人事の最も重要な仕事ではないかと思います。

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